異世界から転生した美少女騎士は僕を我が君と呼ぶ

しかも・かくの

契約

第1話 プロローグ その一

 剣速はむしろ緩やかに見えた。武術というよりは舞踏であるかのごとく、白銀の刃が美しい弧を描き、宙を走る。

 それはただの素振りに過ぎない。据え切り用の鉄塊はおろか、風に舞う木の葉一枚さえ捉えはしない。


 だがたとえ剣の心得が皆無の者であったとしても、その凄まじさが分らぬということはよもやあるまい。

 空気を斬り裂くだけでまるで雷が落ちたかのような轟音が響き渡り、木々を揺り動かすほどの衝撃波が走り抜ける。

 達人の技が巻き起こす、尋常ならざる地上の嵐は、しかしふいに終わりを告げた。


「……私に何か御用でしょうか」

 剣を振り下ろした体勢のまま、天剣騎士ユギ・タツヒトは問いを発した。

 声は決して大きくはない。だが内に込められた力に打たれたように、背後の巨樹の陰から少女が一人、歩み出た。


「鍛練中のところにお邪魔してしまい、まことに申し訳ありません」

 まだ若い、というよりいっそ幼いほどの年頃だ。丁寧に結い上げられた白金の髪は宝冠さながらに美しく、深い瑠璃色の瞳に宿る光は気高くも強い。

 聖カナミ王家の直系カナミ・ユリアは、無双の剣士への敬意を表すべくこうべを垂れた。


 薄い胸の前で大事そうに抱えられている大剣が、少女が動いた拍子に澄んだ金属質の音を鳴らす。鞘とつかに美しく精緻な紋様が彫り込まれ、王家重代の霊宝にふさわしい荘厳さを備えているが、決して綺麗なだけの儀礼用の品ではない。その反対だ。


 およそ身分にはそぐわない、丈夫が取り柄の厚手のシャツとズボンという格好をしたユリアに、タツヒトはなおも振り向かぬままに応じた。


「本当に邪魔をしているという自覚がおありなら、速やかにお引き取りを願います。私は騎士であっておりではありません。姫のお遊びにつき合っている暇などは……」

 臣下にあるまじき無礼な態度だったが、ユリアは怒らなかった。瑠璃色の瞳が切なげに伏せられる。タツヒトは息をつくと、剣を納めた。


「……城までお送りいたします。このようなひとけのない所まで伴も連れずに参られるとは、軽率にも程があります」

「どうしてもタツヒト様と二人きりになりたかったのです」


「またそのように頑是がんぜないことを。少しは自分のお立場というものをお考えください」

「もちろんいつも考えています。ずっとずっと考え続けて……だからこそ!」

 ユリアは急に声を昂らせると、熱に浮かされたような足取りでタツヒトの正面に歩み寄った。


「私は聖騎士としての託宣を受けた身です。悪しき竜のもたらす滅びから世界を救うという使命があります。しかし今の私には圧倒的に力が足りない。そしてあなたの方がよほどよくお分りのはず……予言されたその時が訪れるまではわずかに四年、戦うに足るだけの力をつけるには、通常の修練では絶対に間に合いません」


 少女は男の前にひざまずいた。

「タツヒト様、どうかお願いです。私のマスターになってください。私をあなたのサーバントにしてください。天位に達したあなたの力と技とを、魂を通じて私にお授けください」


 タツヒトは暫し瞑目したのち、厳しいまなざしを投げかけた。

「……それがどういう意味か、本当に理解しておいでなのか。あなたはまだようやく十二になったばかりだ。その年でもう自分のための人生を捨ててしまうことはない」


「もし私が前に踏み出さなければ、いずれ未来はありません。ただあきらめて死を待つよりも、私はタツヒト様のものとなるみちを選びたい。身も心も全てを捧げ、あなたの全てを受け入れます」


「言うだけならば容易い。しかしひとたび契りを結んだあとになって、やはりできないでは済まされない。私にも天剣騎士としての責務がある。余計な重しを負うわけにはいきません」


「私の言葉では信ずるに足りない、そういうことですか!? ではどうしろと!」

「どうするのです、姫」

 切っ先を突きつけるように、タツヒトは鋭く問い返した。ユリアが怯んだのは一瞬だった。


 結い上げられた髪を乱暴にほどき、白金に輝く房を掴むと、抱えていた剣を鞘から抜き放って刃を当てた。

 ひと思いに、とはいかない。それでも小さくはない力がこもり、根本に近い側が一筋二筋と断たれていく。


 だがそれもわずかの間のことだった。

「くっ……タツヒト様、どうして邪魔を」

 およそ力を入れているふうもない。だがまるで太い鉄鎖で拘束でもされているみたいに、男に掴まれた腕はびくとも動かせなくなっていた。


「髪など切ったところでまた伸びます。その程度で覚悟を示そうなどとは笑止千万」

 言葉に反して天剣騎士には笑いの影もない。むしろ憐れんでさえいるような面持ちに、ユリアは打ちのめされた者のごとくうなだれた。


「城に戻りましょう。お送りします」

 タツヒトは背を向けた。ゆっくりと、だが決然とした調子で歩き出す。

「……いやだ」

 男の後ろに続こうとした足をユリアは止めた。聖騎士の証たる宝剣を、強く地面へ投げ落とす。


「ユギ・タツヒト、逃げるな! 覚悟ならば見せてやる!」

 引き千切るような勢いで着ているシャツのボタンを外し、一息に脱ぎ捨てる。そのままさらに下着までをも取り去ると、やがてユリアは生まれたままの姿をさらけ出した。

「髪とは違うぞ。ひとたび散ればもう戻らぬ我がみさおだ。あなたの好きにするがいい!!」

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