第5話

 沖宮さんの意外な才能を間近で見た昨日のライブ、俺は彼女のことをますます知りたいと思うようになっていた。俺の知らない彼女がまだまだ隠されていそうだ。


「大友君、おはよう~」


 待ち合わせ場所で俺を呼ぶ沖宮さんの声がした。いつも通り挨拶を交わす。俺を見るなり勢いよく駆けだしたからだろうか。彼女は少しの段差につまづいてしまった。


「大丈夫? ケガはない?」

「平気だよ。ちょっとよろめいただけだから」

「そっか良かった……。そんなに慌てなくてもゆっくりでいいからね?」

「そんな子供をあやすみたいに言わないでよ……」


 あのダンスを見る限り運動神経は良さそうだがちょっとドジっ子なのだろうか?でもそういう天然なところがまた庇護欲をくすぐるんだよな。



 昼休み、例のごとく沖宮さんは俺のクラスへと出向いてくれたので談笑しつつ今後のアイドルになるという目標に向けての予定を話し合っていた。


「あの二人なんか最近いつも一緒にいるよな」

「あいつちょっと沖宮さんと距離近すぎないか……?」


 俺は最近、他人の視線に対して敏感になってきているらしい。というのも沖宮さんといるとどうしても目立つみたいだ。これは佳音のマネージャーをしていた時以上だった。男子の羨望と嫉妬が入り混じった視線が俺に注がれているのが分かる。


「俺、沖宮さんと喋ったことすらないのになんであんな冴えないヤツが……」

「おい、聞こえるぞ」


 さっきからずっと聞こえてるんだけど……。それにしても辛辣だな……。


 確かに俺は沖宮さんと比べたら釣り合いが取れていないにも程がある。沖宮さんはこの学園の男子生徒の中である種、神聖な存在だった。


 彼女の儚げでどこか憂いを帯びた笑顔。それに加えて清廉で無垢な印象を与える少し天然な性格。おまけに清楚系美少女ときている。当然モテる。学園で一番モテる人物が誰かと問われれば一番に名前が挙がるくらいにはモテる。


 近寄ってくる男子の中には良い噂を聞かない人物だっていることだろう。守ってやらねばならない。男なら誰もがそう思うに違いない。それもあって男子の間では互いが牽制し合っており勝手に彼女に近づくことは暗黙の了解で禁止されていた。モテすぎる彼女を皆で守ろうという時に俺はその不文律を破った形になるわけで敵視されるのも無理はない。


 しかし俺はアイドルになりたいという彼女を支えると決めていた。外野ががやがや言っていても関係ない。自分のやるべきことをするだけだ。


「一か月後、オーディションやるらしいからそれを受けてみない?」


 一緒にアイドルのライブを見に行って彼女の感想にもかなり熱が入っていた。アイドルに対しての熱量が上がってきたところで目標に一歩近づくための足掛かりを築く必要があると思った俺はオーディションへの参加を提案した。


「オーディション……。私にできるのかな……」

「嫌ならやめたって構わないよ。俺に遠慮せず自分の意思で決めてほしい。でももし君が出ると言ってくれるなら俺は全力で君を支えるから」

「……分かった。出るよ。私、出る。だから……オーディションの日までダンスや歌の練習に付き合ってくれると嬉しいな」

「もちろんだよ」


 通常なら一か月程度の練習でアイドルになれるほど生易しいものではない。だが彼女のあのダンスを見て俺は確信していた。あの超人気アイドルの佳音を近くで見てきた俺が彼女の才能に驚かされたのだ。きっと彼女はなれる。佳音を凌駕する人気アイドルに。


「大友君、ちょっと見て。オーディション用紙の書き方ってこれでいいんだよね?」

「そうだね。えっとここはね……」

「大友君は本当に頼りになるよ。やっぱりあなたは最高のパートナーだね」



 彼女は俺の隣の空いている席に座りオーディション用紙に記述していた。記入方法があっているか俺に確認する彼女。その際に彼女は席を近づけ俺に無防備に身体を密着させる。彼女の甘い香りが鼻孔をくすぐった。天然って凄い……。


 って……沖宮さん少し距離が近すぎる。また睨まれてる。気にしないようにしていても男子の俺に対する視線がより一層険しくなっていくのが分かる。沖宮さんに頼られて嬉しい気持ちと男子に対する微妙な優越感。それと視線に対する恐怖。何とも言えない気持ちだ。非常に複雑な感情が俺の中を渦巻いていた。



「教室でイチャイチャすんなっての。佳音に捨てられたからって別の女にすり寄るとか大友って軽い情けない男だったんだね。やっぱ捨てて正解。ねえ佳音?」

「……」

「佳音?」

「ちょっと黙っててくれる?」

「え……佳音……。ごめんなさい……」

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