㉓ 子供の頃の記憶
私の生まれた家は借家の長屋で東海道の鳴海宿にあった。絞り業の盛んな街で子供の頃鳴海絞りを縛る機械の音があちこちの家から聞こえてくる田舎の町だった。かなりの早業で手でくくる近所のおばあさんの姿を飽きずに眺めた。機械ですればあっという間のものを敢えて手でくくる。魅惑的な動きだった。
大家さんの大きな庭内に借家が6件とおばあさんの離れ、蔵、畑があり、私の家までは大家さんの家の脇にある門を潜ってからしばらく黒板塀沿いに歩き、おばあさんの離れに突き当たったら左に曲がって小さな坂を降り、借家を二軒通り過ぎた、奥まったところにあった二軒長屋の手前の家。
おばあさんの家の窓下に青木がうわってその下に雪の下が生えて、坂を降りる右側に高くそびえる泰山木の木が時々大きな白い花弁を落とした。右側には沢山の瓦が積まれていた。何処にも暗がりが有って夜は走って通り抜けた。
通り過ぎる二軒長屋の向かいには農機具小屋が有ってそこはびっしりとドクダミが茂っている。最近は十薬という漢方のお茶として飲む人もいるけれど、子供の時は名前の響きが怖くて毒なのかと思っていた。
家の西側に井戸が有り、この井戸は女井戸と呼ばれ昔は上物を男井戸で洗い、女井戸は下着や靴下を洗ったと聞かされた。住んでいた当時はそんな使い方はしていなかったから難しいしきたりはもう無くなっていたんだと思う。庭の中にあるたくさんの植物の名前を教えてくれたのは母だっただろうか…
表の門から自宅までとても遠かった記憶がある。三輪車で走ったり自転車で通り抜けたり、小さな坂でローラースケートをしたり、大きな通りから一筋入った全部が安全な遊び場だった。夜になると黒板塀の黒がなにか出そうで怖かった。子供の足ではかなり有った気がしていたけど2分くらいのものだったのか…
高度成長期裏の田んぼが埋め立てられ全部が宅地になった。あの田園風景は跡形もなく消えて、もう生まれたあの辺りは探せないだろうな〜
私が此処に住んだのは中学2年の途中まででその後今度は高台の二階が玄関で下に降りるとお風呂と子供の部屋がある家に引っ越す。
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