⑮ 網膜剥離

突然入院を告げられた朝。日常が少し素っ頓狂な声を上げた。

この歳になると毎日何が起こっても不思議ではない。明日が普通に来ると信じていたいけれど、果たしてそうなるかどうか目覚めて見ないとわからない。

一昨年十二月に網膜剥離を患った。前日トイレの中でいきなり視界がおかしく感じ、

え?これ何。目を真ん中に寄せると普段鼻の見えている部分が黒くなっている。私はPCで症状を辿ってひよっとすると網膜剥離…と疑った。

当日、影は確実に増えていて、このまま全部が見えなくなったら…と不安に駆られ、日頃病院へ行く事は一日でも先延ばしにしたい私だけれど…

こればっかりはヤバイ!他の病気ならたとえ余命何日と宣告されても受け入れられる気がする。でも、目が見えなくなるってやっぱりどう考えてもこれは一大事…

意を決して眼科へ走った。

瞳孔を広げる目薬を入れますね~帰りは運転に気を付けてください。で始まった診察は当然帰りの運転を想定している。私は見え辛くても何とかなるなら帰りはちょっと買い物して帰ろうなんて、ある意味呑気に構えて、はい。と頷いた。

ところが、診察が進むにつれて診察室の空気が緊急性を増す。う~ん網膜剥離ですね。このまま手術になります。今受け入れてくれる病院を探してますから、ちょっと外の待合で待って下さいね。

手術。受け入れてくれる病院。

へッ…私はそのまま手術の出来る病院へ転院と言われ、どうするこれ!訳はわかるけど、このままは困る。と、ひとしきり焦る。

だってこのまま?確かにトートバッグの中に保険証と財布はある。病院に来たんだからね。けど、12月の頭にコートも無く交通カードもなく、サンダルじゃなくて良かった位の軽装で…だって病院まで車で来たんだもん。心の声…

網膜剥離は発見次第手術と眼科の送り事項だそうで私は家にも帰れず、その足でその身なりで車は駅近だったのでそのまま病院の駐車場に車を停めて。最近やった事の無い切符を自販機で買って、名古屋のど真ん中まで行くことになった。

しかも、驚くなかれ、コロナ禍のため家族に容易に会うことが出来ない。ときた…

下の娘が急いで駆けつけてくれて、上の娘がお父さんに連絡してくれて、近所で用意してくれた下着やパジャマを受け取り、車の鍵を渡し、じゃあね。と言ったまま、手術も一人で受けて、面会など出来ず、1週間の入院。有り得ない…青天の霹靂…精神がかなり…弱った。

たまたま大都会の眼科の近くに住む下の娘が駆けつけてくれて、慌てて用意してくれた入院道具一式を受け取る事が出来た。

日頃持ち歩く外出用の鞄なら充電器も入っている。イヤホンも入っている。全部新品で揃えてもらって突然の物入りだった。

大都会の近代的な病院は、トイレも全自動、手を使わなくても近づけば蓋が開いて用が足せる。慌てて用意しなくてもあらかたの入院セットが自販機で売っていた。

一番驚いたのは全自動シャンプー機???頭をセットしてボタンを押せばシャンプーからリンスまで機械がやってくれる。入院して3日目と退院の日、1週間の間に二日もお世話になった。

さらに、全館Wi-Fiも完備されていて、携帯さえあれば何でも出来る。家族と連絡もつく、眠れない夜は動画も見れる。音楽も聞ける。イヤフォンが大活躍だった。

ちなみに…網膜剥離の手術をすると、白内障も進んでしまうそうで一緒に手術を受けた方がいいと言われた。瞳の中にあるレンズを人工のものに置き換える。このレンズが遠焦点、近焦点、全焦点と有って、全焦点は遠近全部焦点が合うと言う優れもので、しかし、これが高額!片目40万、しかも今日聞いて明日手術の私には相談する時間も無く、当然ケチな私には40万注ぎ込む度胸も無く、運転が出来る位のでと、遠焦点となった。

後日、上の娘が、私なら一番良いのを入れたな~と夫と同じ言を言っていた。そう私はケチだからこういう時思い切れない。多分一緒に居た下の娘もさほど度胸が無いから、相談しても答えられなかったと思う。

手術現場は…修羅場だった。と感じるのは私一人だけ…周りは冷静そのもの。

目に液体の麻酔を差しながらの手術は、常に目が水の中に居るような状態で、沖縄でダイビングをしているような、小笠原でシュノーケリングしてるような。遠くに水面が見えてキラキラ光っている。そこには先生や看護師さんが居るはずだけど何も見えない。虹色に輝いている。

しかし…『じゃ麻酔しますね。チクっとしますよ』と言われれば体が強張る。目は瞬き出来ないようにテープで開けたままキープされている。ようするに全部見える状態で寝ないでそこに居ないといけない。それが多分30分強。体が怖くて硬くなる。大きく息をしてリラックスするように言い聞かせる。

私は今まで不幸にも何度も手術を受けた事があったけど、手術が怖いと思ったことは無い。寝ている間に全てが終わっているからだ。今回初めて全身麻酔なしで、生身で〔痛みは無いけれど衝撃はある〕怖かった…何度も繰り返し嵐のARASHIを心で歌った。

 

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