窓辺の鏡
トン之助
水溜まりの虚像
強くなりたいと思った。
きっかけはなんだっただろう。
砂場で遊んでいる女の子を助ける為だっただろうか。
買い物袋を一生懸命に運ぶ母を助けたかったからだろうか。
しかし自分の描いていた理想とは程遠く、その強さの道を誤った。
拳ひとつでなんでも解決していた時代は自分が誰にも負けないと思った。
力さえあれば、パワーさえあれば、何にでもなれる気がしていた。
父と母が校長室へ入っていくのを見た。
父と母が頭を下げる姿を初めて見た。
相手の親が酷い罵詈雑言を浴びせているのを聞いた。
あぁ……俺の強さは間違っていたんだ。
つるんでいた連中は良い奴ばかりだったから、俺が付き合い悪くなっても何かと世話を焼いてくれたっけ。
「母さん、父さん……俺、いや……僕は」
少しずつ自分の在り方を考えるようになっていた。
その時からだろうか、キミを目で追うようになったのは。
誰ともつるまず、周りに流されず、孤高の存在でい続けるキミが眩しく感じたのは。
何かと理由を付けてキミに近付き、その強さの秘訣を知りたかった。
けれどキミは強いわけじゃなく、心は別の事を考えてるんじゃないかと気付き始めた。
僕じゃない誰かを見つめる瞳があまりにも眩しかったから……僕は逃げ出した。
「――えっ? あの子が家出っ!?」
雨の日にお世話になった店長さんの家で夜中に告げられた異変の報せ。
詳細は分からなかったけど、とにかく緊急事態なのは理解出来た。
僕は昔の仲間に連絡して図書室で一緒に撮った写真を手がかりにした。
「すまん! 虫のいい話だが」
僕の……俺の嘆きに仲間達の声はどこか嬉しそうな声音がした。
もうどれくらい走っただろう。
足の筋肉が痙攣する肺が痛い、心臓が張り裂けそうだ。それでも前に進まなくちゃいけない。
俺があの時、逃げずに声を掛けていたら、もしかして最悪を回避出来たかもしれないのに。そう思うと吐きそうになるけど、ただ闇雲に走るしかなかった。
――ピリリリッ
深夜の路地裏にキミは猫のような顔で俺を見上げる。
「はぁ……はぁ……良かった」
「どう……して?」
昔の仲間はきっと空気を読んでくれたのだろう。肩をポンと叩かれて足早に去っていったから。後で上手いラーメンでも奢ろうか。
「キミの事が――」
水溜まりに映る自分がそっと背中を押した気がした。
窓辺の鏡 トン之助 @Tonnosuke
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