篠宮さんを笑わせてみたい
そばあきな
篠宮さんを笑わせてみたい
同じクラスの
大げさな比喩とかじゃなくて、同じクラスになって久しいのに本当に見た覚えがないのだ。
「表情筋が死んでるんじゃないか?」って陰で言われているくらいには、篠宮さんは表情が変わらない女の子だった。
だから篠宮さんにはあまり友達がいない。一緒にいても楽しくなさそうだから、というのがクラスのみんなの意見だけど、俺はまだそんなに一緒にいたことがないから分からなかった。
ただ、その難攻不落さが「絶対に相手を笑わせるムードメーカー」と呼ばれている俺に火をつけた。
――笑わない女の子が初めて俺の行動で笑ってくれる。そういうシチュエーションって燃えるじゃん?
だから俺は今日も篠宮さんに声をかける。
最近は俺の顔を覚えてくれたらしく「おはよう」と声をかけると挨拶を返してくれるようになった。
それまでは顔も覚えていなかったらしい。苗字近いのに俺ってそんなに存在感ないんだ……とちょっとだけ落ち込んだけど、覚えてくれたからもう気にしていない。
そして、しばらく過ごしていく内に、俺も少しずつ篠宮さんのことも分かっていった。
普段は肩くらいの髪をそのまま流しているけど、雨の日は結んでいること。
体育の日は毎回ポニーテールにしているけど、よく自分の髪が頬に当たっている姿を見ること。
眼鏡をするほどではないけど、目は良くないからたまに眉間を指でつまんでいること。
園芸部に所属していて、昼休みはよく中庭にいること。
そして、花を見るのが好きなこと。とくに青い花――ネモフィラだと篠宮さんが教えてくれた――が好きで、よくその花壇の前でじっと座り込んでいること。
知らなかったことを一つずつ知っていくのが面白くて、俺は今日も篠宮さんの横にいて、隙あらば笑わせようとしていた。
✿
「
昼休み、園芸部で中庭に向かった篠宮さんを追うため教室を出て行こうとしたところで、友達に呼び止められた。
「うん、そう」と伝えると、「飽きないなあ」と呆れられたような表情を向けられた。それを聞いていた他の友達も同意するように頷いている。
「お前のチャレンジ精神は凄いと思うけど、相手はあの篠宮さんだもんなあ」
「だよな。俺、小一からクラスが同じだけど、一回も見たことねえもん」
友達の言葉に、俺のチャレンジ精神はまた燃え出した。
「すげえ、燃えるなそれは。じゃあ行ってくるわ!」
そう言いながら教室を出て行った俺を、友達は呆れを通り越して笑顔で見送ってくれた。
予想通り、篠宮さんはネモフィラの咲く花壇の前にいた。
俺が「隣いい?」と聞くと、篠宮さんはこちらをちらっと見た後に少しだけ身体を動かして一人分のスペースを作ってくれた。
「ありがとう。なんか前に見た時よりも花が開いてる気がする」
隣に腰を下ろして俺が口を開くと、篠宮さんがゆっくりと俺の方を見た。
「……ここによく来るけど、獅堂くんも花が好きなの?」と篠宮さんが小さく呟く。
その言葉に、俺は少し迷ってしまった。
好きか嫌いかの二択なら好きだけど、園芸部に入っている篠宮さんほどの好きではない。
それに、確かに花は綺麗だけど、俺がここに来ているのは篠宮さんがいるからだ。
本当に花が好きな篠宮さんにも、花にも失礼だから、正直には言わず適度に濁しながら俺は篠宮さんの問いに答えた。
「好きか嫌いかなら好きだよ。でも、篠宮さんほどじゃないと思うな。花見に行ったら俺は断然『花より団子』だと思うし」
俺がそう言うと、篠宮さんが納得したように「ああ」と呟いた。
「あ、でも篠宮さんと行く花見とか楽しそうだな。もうシーズンすぎたけど、いつか行ってみたいかも」
その言葉に、篠宮さんは一度固まって俺の顔をじっと見つめていたけど、無表情のままだったから何を考えているかは分からなかった。
でも、予想外のことを言われて驚いたんじゃないかと思う。俺が「花を見たい」なんて、どう考えても言わなさそうだったから。
――表情筋が死んでるんじゃないか、なんて陰で言われている篠宮さん。
確かに表情は読み取りづらいし、随所で入れた俺の笑いはことごとく空回りしているけど、篠宮さんと過ごして、その表情筋についても分かったことがある。
表情が分かりにくいだけで、篠宮さんにも喜怒哀楽があってちゃんと色々感じていること。動かない表情筋とは裏腹に、楽しい時は楽しそうな動きをしているし、悲しい時は悲しそうな雰囲気をまとっているから、ちゃんと見れば篠宮さんの感情が分かること。
特に、花を見ている時の篠宮さんは、普段よりも表情が穏やかに見えるのだ。
綺麗に咲くネモフィラを、愛おしそうに見つめる篠宮さん。
その横顔をじっと見ていたら、篠宮さんが少しだけ眉を寄せてこちらに顔を向ける。
「今、『なんで俺がこっち見てるんだ』って不思議に思ったでしょ」とからかうように言うと「なんで分かるの」と明らかに驚いたような表情をしていて、俺も驚いてしまった。
――――もしかしたら近いうちに目標の笑顔を見られる日も近いんじゃないか。
それが嬉しいと思うと同時に、まだまだたくさん篠宮さんのことを知りたいなと思って、少し胸が高鳴った気がした。
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