奇妙な男

国城 花

奇妙な男


駅前から少し歩いたところある細い路地の先に、奇妙な本屋がある。

その本屋の名前は、「時喰ときぐい本屋」。

客から時と記憶を対価に貰う、奇妙な本屋である。



『今日は誰も来ないみたいね』


ヨウの代わりに店表にいるルイは、そろそろ店を閉めようと立ち上がる。

その時、扉が開いてカランカランと鈴が鳴った。


店に入ってきたのは、大柄な男だった。

身長が高く、肩幅が広い。

二の腕など、ルイの三倍くらいはありそうである。


「いらっしゃい」


一応店員らしく振る舞ってすぐに店奥に戻ろうとすると、その男は本棚に見向きもせずにルイに向かってきた。

ルイの目の前で足を止めると、店奥に戻ろうとしていたルイの行く手を阻むように壁に手をつく。


「…何か御用でしょうか」

「綺麗だ」

『…何が?』


男の言葉の意図が分からないルイは、内心首を傾げる。

男は、そんなルイを見つめる。


「あなたのような綺麗な人は、初めて見た」


「綺麗」という言葉は、どうやらルイに向けたものだったらしい。

しかし、ルイはそんな感情に興味はない。


「ここは本屋です。それ以外に用がないようでしたら、お帰りください」

「そういう冷たい態度もいい」

『…男というのは、相変わらず話が通じないわ』


ルイは、思わず眉をしかめる。

どの時代でも、ルイにとって男というのは話が通じない生き物だった。

ルイの容姿を褒めたたえ、妻にならないかと誘う。

それがルイにとっての幸せであると信じて疑っていないかのように。


『虫唾が走るわ』


太古の昔から、男は女より強い。

女より体が大きく、筋肉量も多いからだ。

男は女を守り、女は男に従う。

ルイは、それが大嫌いだった。


『女人にとっての幸せとは、殿方と結ばれ、子を産むことなのですよ』

『女人はか弱い。ただ男に守られていればよい』

『私の妻になれば、何でも願いを叶えてやろう』

『それがあなたの幸せだろう。累姫るいき


『…あぁ、嫌な記憶だわ』


記憶を喰らうものであるルイは、記憶を忘れることがない。

嫌な記憶はできるだけ思い出さないようにしているのに、目の前の男はそれを思い出させる。


「あなたの名前は?」

「教えるつもりはないわ」

「恋人や夫は?」

「教えるつもりはないわ」

「では、好きな男のタイプは?」

「教えるつもりはないわ」


冷たく突き放すルイに、男は微笑みを浮かべる。


「恥ずかしがっているのか?」

『…記憶を喰ってやろうかしら』


本屋にいる間の記憶だけでなく、全ての記憶を。

今までの記憶を全て奪われると、人間は廃人になる。

言葉も喋れず、感情も表せない。

ただ息をしているだけの、木偶でくになり果てる。



『約束できるか?必要以上の記憶を喰らわないと』


苛つきで乱れた心に、静かな声が思い出される。


『我は、これから店を開く。だが、店が人に見つかると厄介なことになる。そなたがいれば、店が人に見つかることもないだろう』

『記憶をかさねるものよ。我と共に、店を開かないか?』


荒んでいたルイに居場所を与えてくれたのは、ヨウだった。

ヨウのためにも、この本屋を失うような行動をするわけにはいかない。


「これ以上しつこいと、警察を呼びます」


人間が恐れる「警察」という名前を出すと、男は面白そうに笑みを浮かべる。


「本当に呼べるのか?」

「…?」


男の雰囲気が変わったことに気付き、ルイは何か嫌な予感がした。


「うちの店員に、何をしている?」


その時、店奥からヨウが現れる。

口元に笑みを浮かべているが、赤い目は笑っていない。


「帰れ。お前のような客はいらない」


赤い瞳がかすかに光り、鋭い殺気が飛ぶ。

さすがに命の危険を感じたのか、男は本屋を出ようとルイに背中を向ける。

ルイはその隙に、記憶を奪ってしまおうと青い風を男の体に巻き付ける。


『…え?』


カランカランと鈴が鳴り、男は店を出ていった。


「嫌な客だったな」


ルイは美しい容姿をしているので、男から言い寄られることは多い。

しかし、ルイはそれを嫌っているのだ。


「大丈夫か?ルイ」


ルイは、男が出ていった後の扉を呆然と見つめている。


「どうした?」

「…あの男……」


ルイは、自分の手のひらを愕然と見つめる。


「あの男から、記憶を奪えなかった…」

「なに?」


ヨウは驚いて、男が出ていった方を見る。

ルイが客から記憶を奪えなかったのは、初めてのことだった。


「…私たちの顔を見られたわ。それに、本屋の場所も知られてしまった」


ルイは、情けなくて眉が下がる。

ルイの役割は客から記憶を奪うことだというのに、失敗してしまった。


「大丈夫だ」


落ち込むルイの肩に、ヨウは優しく手を置く。


「もし何かあれば、別の場所に本屋を開けばいいだけだ。気にするな」


それより、ヨウには気になることがあった。


「何故、あの男から記憶を奪えなかったと思う?」


ヨウが見た限りでは、あの男は普通の人間だった。

ルイは、記憶を辿りながら少し考え込む。


「何か…身を守るものを持っていたのかもしれないわ」


ルイの風は男を包んだが、何かに弾かれたように霧散したのだ。

そういう時、相手は何か自分の身を守るものを持っていることが多い。


「身を守るものか…」

『ただのお守り程度ならいいが…』


それ以上のものであった場合、少し厄介なことになる。

ヨウは、奇妙な男が出ていった扉を見つめた。




本屋から十分に離れると、男はある人物に電話をかける。


「どうだった?」

「店員らしき女は、黒髪に青い瞳。店主らしき女は、白髪に赤い瞳。本屋までの道筋も覚えています」

「護符は効いたようだな」

「はい」


男は、ポケットから1枚の紙を取り出す。

これは、電話越しの男から貰ったものだ。


「奇妙な本屋。その正体を暴かせてもらおうか」


電話越しの男は、不敵な笑みを浮かべた。



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