おれの正反対の兄

蓮水千夜

どっちがお好き?

 広めのリビングにある大きなテレビでは、ジムの特集が流れていた。


「うーん。おれも鍛えた方がいいのかなぁ」


 ソファーの上で自身の二の腕を触りながら、筋肉の度合いを確かめる。ぷにぷにとは言わないまでも、決してカチカチではない。


「なー。兄貴はどう思う?」

 すぐ横でノートパソコンを触っている兄に問いかける。


「なにがだ?」

「だ〜か〜らぁ、筋肉だって。ムッキムキの方がいい? それとも今のちょっぴりぷにぷにのまんまがいい?」


 テレビを指差しながら二の腕を見せつけるが、視線は依然としてノートパソコンに向いたままだ。


「……お前の好きな方にすればいいんじゃないのか」

「まーた、そういうことを言う」

 こう言うときは決まって適当なことしか言わないのだ。


 ――このおれが聞いてるのに!


「おれは、兄貴に聞いてんの!」

 兄の顔を掴み無理やりこちらへ向かせる。


「……っ。おい」

 兄の瞳がやっとこっちを捉えた。


「ね、ほら。わかんないならさ、直接触って確かめて……」

 耳元で囁きながら、兄の手を自分の服の中へ誘導する。よく知る大きな手が吸い付くように腹部に触れる感覚は、とても気持ちがいい。


「こら。今は仕事中で……」


 だが、甘い感覚は、その一言で一気に冷めた。


「はぁ〜〜っ!? なんかさっきからずっとパソコンいじってるかと思えば、また仕事持ち帰ったのかよ!? おれといるときは仕事すんなっていったじゃん!」


 ――信じらんない! 今日はようやく二人で一緒に取れた休みの日だったのに!

 

 怒りが収まらないでいると、絞り出すように兄の口が開いた。


「……今日の。今日の休みをもぎ取るために少し持ち帰っただけだ」

 兄の申し訳なさそうな顔が目に入る。


「なっ……! そう言われたら、なんも言えないじゃんか」


 ――確かに、今兄貴めちゃくちゃ忙しいもんな。


 ほぼ休日返上と言っていいくらい、仕事を頑張っていることはわかっているつもりだ。だけど、一緒にいる今だけはどうしても自分のことだけを見てほしい。そんな、我儘な気持ちの方が上回ってしまう。


「……ごめん。でも、おれは今構って欲しいんだよ」


 そっと、兄の頬に触れながら、その隙に兄の膝の上にあるノートパソコンを無理やり奪う。


「だから、はいっ! ほら、ちょとだけ休憩!」

「おい」


「ねぇ、早く教えて……。どっちが好き?」

 素早くノートパソコンを机の上に置いて、腕を兄の首に回すと諦めたような顔でため息をつかれた。


 ――やっぱ、怒ったかな? 


「ぁっ……!」

 そう思ったのも束の間、気づけば大好きな兄の手が服の中に潜り込んでいた。


「……肌触りで決めるんだったか」


 大真面目な顔をしているが、触る手つきはなんともいやらしい。


「う、ん……。ッひぁっ……!」

 下から上へ、這い回るように、一つ一つ確認するかのようにゆっくりと触れていく感覚が妙に焦ったくて、もどかしくて変になる。


「も、あ、にきっ……!」

 もっと明確に、気持ちいい場所に触れて欲しくて、懇願するようにその瞳を見つめると、神妙そうな顔で兄は呟いた。


「今のままでも十分魅力的な体だが……」

「だ、が……?」


「健康のために鍛えるというのなら、止めはしない」

「えぇっ?」


 想定外の回答に思わず困惑していると、さらに想定外の言葉が飛び出した。


「少しでも永く、共に生きていたいからな」


 ふっ、ととびきり優しい顔で微笑むものだから、その瞬間、必要以上に自分の体温が上がっていくのがわかった。


「ッ……! なにそれ。プロポーズかよ」

 照れ隠しに、つい憎まれ口を叩くように言ってしまう。


「そう捉えてもらっても構わない。まぁ、もう結婚しているようなものだが」

「ちょ、もう! ばーか、ばぁーかっ!」


 ――そういうとこ! 兄貴ホントそういうとこ!


 悶えすぎて、兄をの胸をついぽかぽか殴ってしまう。


「……痛い」


 ――嘘つけ。そんな痛いほど殴ってないし。


「すーぐそういうこと言うんだからさ……」


 いつもなにを考えているんだがわからないような仏頂面をしているくせに、こういうときは本当に甘いのだから。


「ほんっと……、最高かよ」


 なにか言いたそうな兄がその声を発する前に、その声ごと唇を奪ってやった。

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