やっぱり雨のことは嫌い

коко

嫌いな雨(一話完結です)


これは、私が待ち望んでいたかもしれない日の話──

  〜     〜

沢山の大粒が空から降り注ぐ中登校していると、傘を差していないとある一人の男の子を見かけた。年齢は10といったところだろうか。13の私よりも少しだけ背が低い。しかし、整った顔つきで、テレビに出ている男優のようだった。そして、見覚えがある感じがした。

「お姉さん、僕のこと、わかりますか?」

いきなり話しかけられてしまった。しかも、この少年は不思議と雨粒があまりついていなかった。

「えっと……ごめん、わからない。」

私は戸惑いながらもそう答えた。

「まあ、そうだよね、そうですよね。変なことを聞いてしまってすみません。今のことは忘れてください。」

少年は少しだけ笑って見せてくれた。でも、どこか寂しげに見えた。

「ねえ、あなた、名前は?」

「僕の名前は──」

大事なところを聞き取れなかった。雨音のせいだ。これだから雨は大っ嫌いだ。

 そして、もう一度聞き直そうと思ったが、男の子はすでにどこかへ行ってしまっていた。

 忘れてくださいと言われたが、このことは、なぜか忘れることができない気がした。

「そういえば、今って何時だろう?」

腕につけているお気に入りの白い腕時計を見ると、登校時間の3分前になっていた。ここからだと、どれだけ急いで走っても10分はかかってしまいそうだ。しかも今日は生憎の大雨。こんな中で走る勇気なんて私にはない。

「15、いや,20分はかかるか…」

私の遅刻は確定していまった。


「すみません、遅れました!」

急いで教室まで行き、ドアを開けて言った。しかし、教室の様子が変だ。誰一人としていない。

「もしかして、この時計……」

私の予想は見事に的中していた。私の腕時計の時間が一時間もずれていたのだ。

一時間時間があるなら、さっきの男の子に会って、もう一度話ができるかもしれないと思った。

 そして、すぐに行動に移した。傘を持っていると移動しにくくなるため、濡れてしまうのは承知の上、置いていくことにした。そして、すぐに学校を飛び出して早朝の道路を走り回った。とにかく走って探した。頬に当たる大きい雨粒が少し痛い。そして、息も切れてきた。

「お姉さん、どうしたのですか?」

さっきの少年だ。ようやく出会えた。

「あなたは何者なの?それに、あなたといると、ちょっぴり懐かしい感じがするの。」

「何者だと思いますか?」

「わからない……」

「分からないしか言わないですね。そこがあなたの可愛らしいところでもあるんですが」

少年は、最初の時の寂しげな顔ではなく、楽しそうな顔をしてくれた。

「私たち、どこかで会ったことあるの?」

「会ったことは、あんまりないですね」

あんまり無いんかい。つい突っ込んでしまいそうになった。

「ところでお姉さん、本当に僕のこと覚えていないんですか?」

「全く覚えてない。」

「そんな自信味満ちた感じで言わなくってもいいじゃ無いですか……」

「いつぐらいに会ったかだけ教えてくれたりしない?」

「そうですね……僕の記憶が正しければ、お姉さんが5歳くらいの時でしょうか?」

「なにその覚えてるかどうか微妙な年齢は!?」

「人生そんな日もあります。」

まだ10歳くらいかと思っていたが、人生を語り出した。

「えっと、今何歳かだけ聞いてもいい?」

「現役小学生では無い10歳です。」

なんか、すごい。

「僕に年齢はどうでもいいので、僕のことを思い出してくれませんか?」

「あ、そうだったね!」

えっと、5歳の頃……


これは私が5歳の頃に生まれた弟の記憶。

『まま、わたし、今日からおねーちゃんになれるんだね!』

『そうよ〜だから、いい子にしてないとダメだからね?』

『うん!わたし、いい子にしてる!』

『えぇ、やっぱりはーちゃんは偉いね』

ままの大きな手で、わたしの小さな頭を撫でてくれた。

そして、弟が初めて家に帰ってから、弟と色々なことをお話しした。

『ゆきくん!わたし、あなたのおねーちゃん!』

『あぁーたん!あーたん!』

『この子はあなたのおにーちゃん!』

ままが抱き抱えているもう一人の弟を指差した。

『にーあん!にーあん!きゃっきゃっ!』

新しくできた弟は、高くって可愛い声でお姉ちゃん、お兄ちゃんと呼んでいる。

 とっても微笑ましい記憶だ。


 もしかして、新しくできたこの弟が、今私の目の前にいる少年……?

 でも、この弟は今、普通に家にいる。

 もしかして、もう一人の弟...?

「私の、弟?」

「思いだしてくれたんだ、晴香。」

(久しぶりに晴香って、呼んでもらえた。)

「うん。でも、あなたは交通事故で……」

辛い過去の記憶だったから、忘れようとしてしまっていた。

「そうです。だから、僕は幽霊ってことになりますね」

すごーく素敵な笑顔で、衝撃的すぎる事実を言われた。

「なんで、そんなに笑顔なの!?」

「だって、もう2度と会えないと思ってたのに、今こうして会えちゃってますからね〜」

「そんなに軽い感じでいいの?」

「はい、もちろんです!」

「えぇ……」

「ねぇ、雨。」

少年の名前も、ちゃんと思い出せた

「なんですか?」

「あなたともう一度、一緒に生活したい!」

「でも、晴香、どうやってやるんですか?」

「そ、それは……」

「ノープランですか?」

「はい……」

「相変わらず、あの時から変わりませんね。思いつきですぐに行動しようとしてしまうところは」

「うっ……」

 私はあの時から何一つとして成長してなかったのだ。

 小学校低学年の時は、とっても高い木の上に登ってとっても遠くにあるおばあちゃんの家を見ようとして木から落ちた。高学年になってもそうだ。料理のりの字すら知らない癖に一人で野菜炒めを作ろうとして家を火事に仕掛けたこともあった。全部後先考えないで行動していた。

 もう何もしないほうがいいのかもしれない。

「でも、大丈夫ですよ。」

「え?」

「今は、先のことなんて考えないで行動してみてください。」

「どうして?」

「僕の直感です。」

雨の、直感か。これを信じて行動していいのか分からない。もしかしたら、今まで以上の失敗を犯してしまうかもしれない。

「ほら、悩んでいるくらいなら行動するところがあなたのいいところじゃないですか。」

「そう、だね。うん!色々やってみる!」

自分の拳を強く握りしめた。そして、雨の手をとって走った。

「今から私の家に行くよ!」

「家ですか!?」

「そう、家!雨の居場所を作るの!」

大雨がまだ降っているから、大きな声で喋らないと雨には声が届きにくい。

(これは、ネタバラシをしないと大ごとになってしまいそうです。)

「雨?急に止まってどうしたの?」

「あなたがまだ元気でよかったです。実は私、まだ死んでいないんですよ」

「え、でも、交通事故に遭って、亡くなったって聞かされてたけど……」

「お母さんは亡くなったなんていってないはずですよ?」

「いやでも………ああ!」

「思いだしましたか?」

あの時お母さんは、ちょっと遠くに行ったとしか言っていない。

「じゃあ、遠くっていうのは……」

「リハビリをするための場所ですよ。」

「なんか、お母さんに騙された気がする……」

「晴香が勝手に勘違いをしただけですよ」

雨は『ふふふ、あはは』と、腹を抱えて笑っている。

「そんなに笑わないでよ〜。ところで、どうしてここに戻ってきてるの?リハビリは終わったの?」

「ちょうど、今日終わったところです。なので、せっかくだし驚かせようと思って幽霊って嘘をついたんですよ」

「雨の意地悪!」

「そんなに怒らないでくださいよ」

「怒ってませんよーだ!」

私は笑いながら言った。

「そういえば、どうして濡れてないの?」

「この洋服とか、全部防水加工されてるからです」

「そういうとこ、ちゃんとしてるの雨っぽい!」

事故に遭う前の日常が戻ってきてくれた気がする。

そして、それを祝う様に、空からは太陽の眩しい光が降り注ぎ、綺麗な虹が出ている。

私は心のどこかでずっと雨がこうして戻ってくるのを待っていたのかもしれない。

「学校の時間、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃ、ないかも。」

「僕が幽霊って言わなければ送れることはなさそうでしたね」

雨は悪魔の様な笑みを浮かべている。

天気の雨は嫌いでも、弟の雨は好きになれると思ったが、雨のことを好きになるのは難しそうだ。



最後まで読んでいただきありがとうございました!

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