「魔法写真家」チロの懐旧

夏瀬縁

プロローグ


ーー魔法写真をご存知だろうか。


今から遡ること数年前に発明された新しい撮影方法の1つで、みてくれは1枚の普通の写真である。

しかし、裏に魔法がかけられており、写真に集中し力を込めると、撮影者の視点でその写真が撮られた時を追体験することができる。


その写真の世界に入っている間、その場に残された本体は意識を失い、ある種の仮死状態状態になるため、注意が必要である。




古びてぼろぼろな新聞。

新たな常識を伝えるそれは何年前のものなのだろう。

埃っぽい一室。

本棚が四方を囲み、ただでさえ狭い部屋をさらに狭く感じさせる。


どこか懐かしい部屋でチロは目を覚ました。


つい先程まで両目をしっかりと閉じていたのにも関わらずぱさぱさ乾燥しているのは何故か。

くしくしと両目を擦りながら体を起こした。

床の埃が中を舞う。

後頭部の痛みがじわじわ迫る。

へにゃへにゃな視界がだんだんとクリアなものになるにつれてぼんやりとする頭の霧が晴れる。


「…」


四方八方、知らないものだらけだ。

止まらない耳鳴りの中で、電気ひとつとしてついてない薄暗い見知らぬ場所。

確かめるように見回した。


なんで床で寝てたんだろう。

今何時?


「…あ゙あ」


絞り出した声は自分のものとは思えないほどにがらがらで直ぐに咳き込む。

強くなる頭痛。


「…しゃしん?」


埃まみれの床、白黒の写真を手に取った。

赤毛の女の子が写っていて、隣に誰かは知らないがイケてるおじさんがひとり。


あぁ、このおじさんはあのーーー。


「…?」


わかる、あの人だ。

あのおじさんだ。


いや、分からない。

思い出せない。

もやがかかったようにこの人の顔が霞む。


思わず一枚の写真の四つ角を強く伸ばした。

何となく、思い出さないといけない気がした。

たぶん覚えてるはずだ。きっと。

このおじさんが誰か分からないことが、思い出せないことが、曖昧な感情だけれども何でかどうしようもなく悲しい。


「どうして?」

由来不明の焦燥が心を満たす。


分かる。

このおじさんの笑顔、お気に入りの椅子に座った時の所作、あのちょっとボロいけど大きいお家。


けど思い出せない。

このおじさんと、女の子


なんて呼んであげればいいんだろう。


知らぬ間に耳鳴りは止んでいたが、それとは別の甲高い小さな音が鳴ってる。


自分のそこからやってくる得体の知れない焦りと、不気味なまでに湧いてくるこの写真への興味にやや恐ろしさを感じ始めた時、写真の裏が僅かに紫に光を帯びた。


驚いたと同時に、段々と体から力が抜けていくのを感じる。

なんだかこの世から抜け出していくような。


怖いけど、妙に心地よい。


「ぁ」


チロは操り手がいなくなった人形のように、その目から光を失った。


体に遅れて、何を掴むでもなく伸ばした手が床を叩く。


両の手から離され、ひらひらと床に落ちた写真。

赤毛の少女の笑顔。

古い立派な家屋の前での一枚。

煙管をくわえたおじいさん。


白黒であったが、確かにあの時間を捉えていた。閉じ込めていた。

じっとみていると吸い込まれるような。


そんな気がした。





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