42話 夏の夜の夢

 ヤるべきか? ヤらざるべきか? それが問題だ。


 そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、まどいは相変わらずの笑顔で俺に語りかけてくる。

 

「直道くん、直道くん」

「な、なにかな?」

「ううん、呼んでみただけーえへへ」

「はうっ!?」


 キュンキュンキュンッ♡


(なにこのあざと可愛いムーブ? まどいってこんな子だったっけ? やっぱり酒は人をかようにも変えてしまうものなのか⁉︎)


 俺は一旦落ち着くためにウーロン茶をグイッと口に含んだ。


「ぶはっ――!?」


 ――そしてハデに吹き出した。


「こ、これ、ウーロンハイじゃん⁉︎」

「えへぇ、お酒好きの直道くんのために、焼酎で割ってみましたぁ」

「いや、なにその斜め下の心遣い!?」


 しかもこのウーロンハイ結構濃いぞ。半分以上は酒じゃねーか。


 とにかく、追いウーロンハイのおかげで俺の脳が更にアルコールに浸されていく。

 そんな状況の中、俺は必死に今後の展開に頭を巡らせる。


 今日俺はまどいとヤレるかもしれない。

 でも、ヤルにしても二人の関係にキッチリとケジメをつけなければならない。

 そのためにはまず俺のまどいに関する気持ちをしっかりと整理しよう。


 単刀直入に、俺はまどいのことが好きなんだろうか?


 ……

 

 まどいはよくしてくれるお隣さんで。

 大学に入って初めてできた、今でも一番の友達だ。

 料理が美味しくて。

 一緒にいると安心する。

 彼女の笑顔が好きだ。

 声を聞いていると安心する。

 彼女のことを傷つける奴が現れたら絶対に許さない。


 ……


 いやこれやっぱり俺、まどいのこと好きなんじゃね?


 いやいや。好きなのは間違いない。

 問題はその好意がライクかラブかということだ。


 どっちなんだろう。

 

 まどいと付き合った後の自分の姿をなんとなく想像してみる。


 彼女が出来たら、やってみたいことが色々あった。


 一緒に大学にいって、毎日ご飯を一緒に食べて、こうして晩酌したりして、なんてことない話題で頻繁に電話とかもして、ラインのやり取りがいつまでたっても終わらなかったりして、週に一度はどこかにデートにいったりする。


 それを、まどいと二人。


 なにそれ、幸せやんけ。

 誰もが羨むリア充大学生のそれやんけ。


 やっぱり俺は異性としてまどいに好意を抱いている……気がする。多分。

 

 それに、正直ヤリたい欲求はある。すんごくある。

 なんなら白状すると、我が息子は遺伝子を後世に残すべく、既に第一種戦闘配置に入っている。


 だけど!


 これは単なる性欲であって、欲望に流されるままの関係なんて絶対にまどいと持ちたくないと思っている自分がいる。


 いやでも、それって単にビビっているだけなのか?

 まどいとの関係性が変わることに――ここで告白をしたら、一度でも身体を重ねてしまったら、この居心地のいいお隣さん関係が終わってしまうかもしれないことに、単純にビビっているだけなんだろうか。


 だとしたら。男として、迷いを捨てて踏み込むべきじゃないのか。


 つーかそれ以前に全部俺の一人相撲で、いざ俺から告白したらけんもほろろに断られる可能性も往々にしてある。そしたらどうしよう。

 

 ああ、わからない。何もかもわからない。

 だって、俺童貞だし。

 彼女なんて一度もいたことないし!


 なんで学校教育はこういうときどうすればいいのか教えてくれないんだよぅ!


「どうしたの? 直道くん、なんや難しい顔しちょるね」


 思考の海に溺れつつある俺の顔をまどいが覗きこむ。


「なに考えちょるのー?」

「あ、いや……ははっ。ちょっと、まどいとのことを考えてまして」

「え、うちとのこと?」


 キミと今日ヤレるかどうか考えているなんて口が裂けても言えないので、別の言葉を探す。

 とにかく、まどいの真意を探るべきだ。


「あー、そのさ、まどいがイメチェンして、その、可愛くなったじゃん?」

「えへへぇ、そんなことないよ」

「いや、そんなことあるんだよ。今のまどいは穂乃果にも負けないくらい可愛い。だからさ、これからは周りがほっとかないと思うんだよね」

「周りって?」


 まどいはキョトンとした表情を浮かべる。

 俺の発言の意図を図りかねているようだ。


「モテモテになるってこと」

「えー、なにいっちょるの? そんなわけないやん」


 本人は否定しているがその可能性は現実的だ。

 それだけ今のまどいは美人なのだ。

 

「まあ仮定の話としてね、もしそうなったとき、恋人でもなんでもない俺がずっと側にいたら邪魔になるんじゃないかなって思って……」

「そんなわけない!」


 まどいが食い気味に否定してきた。


「さっきも言ったやろ? うちにとって直道くんは特別っちゃ!」


 再びまどいの口から飛び出した特別発言。


「あのー特別っていうのは……?」


 俺はまどいの真意を図るために問いただす。

 するとまどいは明らかに赤面して、うつむいてしまった。


「その……特別っていうのはやね……」


 両手で持っているウーロンハイの入ったグラスを見つめてモジモジ。


「うちは……その……」


 モジモジ、モジモジ。


「直道くんがね……その……」


 なかなかその後の言葉が出てこない。

 酔っ払っている状態でも、そうとう恥じらっている様子だ。


「す……」

「す?」


 そこまで言いかけてまどいは目をギュッとつぶり、手にしたウーロンハイを勢いよく飲み干した。


 ダンっ!


 空になったグラスをテーブルに叩きつけて、それから俺に向かい合う。


「うちは! 直道くんがッ!」


 やはりこれは告白だ!

 このテンションは間違いない!

 

 だとしたら!


「まどい! ちょっと待ってくれ!」


 俺は片手を突き出し、まどいを制する。


「その前に、俺がキミに言いたいことがある!」


 男として。

 は女の子の口から言わせるわけにはいかない!


 勢いだろうがなんだろうが、ライクだろうがラブだろうが、ケジメは自分からつけたい。


 それが、鳩山直道のポリシーだ!

 


「俺はまどいのことが好きだッ!」

 


 ああ、言ってしまった!

 やっちまった!

 もう後には引き返せないぞ!


「だから、その……えっと……もしよかったらなんだけど……その……」


 心臓が早鐘のように脈打つのに、対照的に次の言葉がなかなか口からでてこない。


 でも、言わなきゃいけない!

 いっけー!


「俺と――俺と付き合ってくださいッ!」


 そう言って、頭を下げて片手をまどいに突き出す。

 そして、次にくる言葉をドキドキしながら待ち構える俺。


「う……」

 

 う……ということは!


 うんってこと!? そうだろ、それしかねーだろ! 告白が成功したのか!?


「うっぷ」


 ……うっぷ?


 届いたのは言葉ではなく嗚咽の音。


 モーレツに嫌な予感がした。

 頭を上げる。まどいの顔を見た。

 彼女のほっぺたがハムスターみたいに膨らむ。

 そのままバッと両手で口を押さえた。


 まさか。というか


 俺は慌てて、まどいの身体を支えて立ち上がった。


「トイレ! もうちょっと我慢して! トイレで!」


 ドタバタ! ガチャ! ドタバタドタバタ!

 


「れろれろれろれろ〜☆.。.:*・゜」

 


 便座に突っ伏して盛大にリバースするまどい。

 こうして俺がゲロの介抱するのも実に三回目だ。


(はは、なんというかもう何とも思わねーや。慣れた)


 俺は口元に笑みを浮かべながら、背中を優しくさすりつづける。


 結局、俺の告白について、まどいからの返事はうやむやになってしまった。それどころかちゃんとまどいに伝わったかどうかすら分からない。

 残念ながら、まどいがこうなってしまった以上、今日聞くことは不可能だろう。


 俺はまどいの背中をさすりながら、彼女とのこれからに思いを馳せる。


 まどいの気持ちはさておき。

 俺は彼女のことが好きだ。好意を抱いている。

 それは間違いない。


 その気持ちが大切な友達に対するものなのか、それ以外の気持ちなのか。

 多分、異性としての好意だと思う。

 

 そして、この好きという気持ちが一時の勢いなのか。そうじゃないのか。

 これは正直、自分でもよくわからない。


 でも、ひとつだけハッキリしている、揺るぐことのない想いがある。


 俺の告白が伝わっていたとしても、そうじゃなかったとしても。

 

 友達か、恋人か。俺とまどいの関係がどんな形になろうとも。

 

 まどいを大切にしたい。

 この子を傷つけてしまうようなことがあったら、俺は一生自分を許せない。


 それだけは、決して揺らぐことのない、俺の確かな想いだ。


 ***


 次の日の朝。

 ピンポーンとなり響いたチャイムの音で俺は目を覚ました。

 のそのそとベットから起き上がり、玄関に向かう。


 ガチャ。


 ドアを開くとその向こうには、お手本になるようなキレイな体勢で土下座をしているまどいがいた。



「この度は……本当に……本当に本当に本当に……申し訳ありませんでしたぁ……」



 ある意味懐かしいその姿を見て、俺は思わず笑ってしまう。


 そして、残念ながら。

 昨晩の出来事は、まどいの記憶からキレーに抜け落ちてしまっていた。

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