27話 合コン・破

 俺たちが到着したのは駅前からほど近い雑居ビルの一画にあるスペインバル風の居酒屋だった。

 店内はライトのトーンを下げた暗がり仕様のため、確かに鴨川がほざいていた隠れ家的な雰囲気がある。


 俺たちは店員の案内を受け、奥まった個室席へ通された。男性陣と女性陣で対面になるように座り、ドリンクやメニューをひととおり注文したところで。


「それじゃあ、今日は飲んで話して楽しくやりましょう。カンパーイ」

「カンパーイ!」


 幹事の立場である俺の発声に皆が続き、いよいよ合コン(?)が幕を開けた。


「ねえねえ、はじめましての人もいるし、とりあえず自己紹介しようよ!」

 

 穂乃果の提案で自己紹介タイムに入る。それぞれが名前や学科、趣味なんかを名乗っていく。

 自己紹介が一回りしてから、ワイワイと雑談がはじまった。


「それにしてもオシャレなお店だね。誰がチョイスしたの?」

「はい! オレ、オレ! いやっはっはっ! 白鷺さんにそう言ってもらえて光栄だなぁ」

「鴨川くん、わたしのことは穂乃果でいいよ」

「ま、マジで!?」

「だって、同じ学科の友達だもん。わたしもユースケくんって呼ぶね!」

「あばばばば……」

「ね、ユースケくんってさ、出身はどこなの?」

「えっと茨城の――」


(おお、意外と穂乃果と鴨川が盛り上がっているぞ)


「へえ、田口くんは野球部なんだ。ポジションはどこ?」

「キャッチャーだな」

「なんかイメージあるなぁ」

「そうか?」

「田口くん『デカふり』の主人公っぽい」

「『デカふり』?」

「知らない? 有名な野球マンガ」

「悪いがマンガはあまり読まなくてな……どんな話なんだ?」

「えっと――弱小高校野球部が舞台でさ。そこでバッテリーを組む二人が……」

 

(田口も柔と親しげに話してる。なんだかんだ合コンっぽい雰囲気になってきた……のか?)


 鴨川の脅迫行為によって、無理やり企画させられた合コンだけど、よくよく考えてみれば気の置けない仲間たちとの飲み会なわけだし、しかも女性陣は穂乃果を筆頭に、まどい、柔(男)と美人ぞろいだ。

 

(せっかくだから俺も楽しまないと損だな)


 俺は自分の対面に座ってウーロン茶をちびちびと飲んでいるまどいに話しかけることにした。


「まどいはウーロン茶?」

「はい。しばらくお酒は控えようと思いまして……」

「気にしなくていいのに。万一へべれけになったらまた俺が介抱するからさ」

「いえ。もう直道くんに迷惑はかけられませんから」


 まどいは頑なに言い切った。まあ、俺としても飲む気のない相手に無理に酒を勧めるつもりはない。


「今日のまどいの雰囲気……いつもとちょっと違うよね」

「えっ」


 俺は中ジョッキを一口傾けてから、何とはなしに話を振る。今日まどいをひと目見た時から気になっていたことだ。


「変な意味じゃないよ? その洋服のおかげかな……いつもよりかわ――」


(いや待て。ストレートに「可愛い」って言うのはさすがに恥ずかしいぞ)


「かわ?」

「いや……いつもより女子っぽいっていうか。似合ってるよ」

「あ、ありがとうございます」


 俺がホメると、まどいはちょっとだけ顔を赤らめて、モジモジしだした。


「実は、この服は穂乃果さんと一緒に選んだんです」

「あ、そうなの?」

「そだよー。似合ってるでしょー?」


 穂乃果が横から話に入ってきた。


「まどいったら、いつも色合いが暗めの服を着ていることが多いから。それも落ち着いた感じで似合ってるんだけどさ。もっと明るいガーリーな服も似合うと思ったんだ~。それでわたしのチョイスでオススメしてみました。そしたら思ったとおり! 可愛いよね? 直道クン!」

「うん……」

「カワイイ! サイコー! まどいちゃーん!」


 鴨川がやかましく合いの手を入れてくる。


「うちなんて、可愛くありませんから」


 まどいは恥ずかしがってうつむいてしまった。


(うーん。そんな反応も含めてすっごくかわいいんだけどなぁ。それに……)


 俺はまどいが落ち着いた頃合いを見計らって再び声をかけた。


「あのさ、お願いがあるんだけど」

「……なんですか?」

「そのメガネさ……ちょっと外してみてくんない?」


 俺はまどいが掛けている度の強そうな丸メガネを指差した。

 

「メガネですか? 私の?」


 まどいはキョトンとした表情で聞き返す。俺のお願いの意図を図りかねている様子だ。


「ちょっとでいいからさ」

「はあ、別にかまいませんけれど」


 まどいは首をかしげながらも、メガネのフレームに両手を添えてそっと外した。


「外しましたけど……」

「あっ……」


 思わず、声がつまった。そのまま、まどいの顔に釘付けになる。


「直道くん?」


 彼女の呼びかける声も俺の耳まで届かない。


(かわいい。やっぱりめっちゃかわいい)


 俺はまどいと初めて出会った日の夜――酔いつぶれて眠りこんでしまった彼女のメガネを外してあげたときのことを思い出した。

 あのときも、こんな風にドキッとしたんだった。


「直道くん? どうしました?」


 俺の名を呼ぶまどいの声が、意識を現実に引き戻した。


「あ、いや。その、前から思ってたんだけど、似合うと思うよ」

「似合うって何がです?」

「メガネ外したほうが。俺はそっちのほうが好きだな」

「好き……?」

「うん。なんか、こうグッと来るものがあるというか。カワイイよ」


 俺は自分の口からごく自然に「カワイイ」というフレーズが飛び出てしまったことに気がついた。

 いったん外に放ってしまった言葉はもう取り消せない。


「ぐっと……かわいい……うちが……」


 まどいはしばらくボンヤリと俺の顔を見つめ返していた後、トマトみたいに真っ赤に顔を染め上げる。

 

「ななななななな!」


 まどいはすごい勢いでメガネをかけて、そのまま顔をプイッと背けてしまった。


「ああ、かけちゃった」

「へ、変なこといわないでください!」

「え? そんなに変なこと言った?」

「変なことです! 直道くんのアホ! アホアホ! 知りません知りません知りません! うち、お手洗いいってきます!」

「あ……」


 まどいは勢いよく席を立って、出ていってしまった。


(うーむ、なんか知らんが怒らせたみたいだ。別に悪気があったわけじゃないんだけどな……)


 予想外の彼女の反応に首をひねっていると、そんな俺を見つめる視線に気が付いた。


「なに?」


 視線の主は穂乃果と鴨川だった。二人ともジト目で俺を見つめている。


「直道くんってさ、意外と天然タラシ?」

「え、どこが?」

「直道。オレさぁ、ラノベとかにでてくる『また俺なんかやっちゃいました?』とかほざく鈍感系主人公ってブッ殺したくなるくらいキライなんだよね」

「は、はあ?」


 戸惑う俺に対して、二人は「やれやれ」と言わんばかりに呆れたような表情を浮かべるのだった。

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