23話 ターニングポイント
「俺さ、中学のとき仲いい友達がいたんだ。三年間ずっとクラスが一緒で、結構ガチ目のオタクな奴で、今の俺のオタク趣味は大体そいつの影響――」
「友達ですか?」
「ああ、ゴメン、ちょっと自分語り。興味なかったら聞き流して。とにかく、俺はそいつと馬があってさ、いつもつるんでた。休み時間とかは二人でオタトークしたりして、休日はよくそいつの家に遊びに行って一緒にゲームしたり……」
話しているうちに胸のうちにしまい込んでいた、ヤツとの思い出が徐々に頭をもたげてくる。ずくんと小さく胸の内が疼いた。
「でも中三のとき。キッカケはホントにつまらないことだったと思う。そいつが席替えでクラスの不良系のヤツの近くの席になったとか。とにかく、ある日……そいつがからかわれるようになったんだ。そいつ、太ってたから、ブタとか呼ばれたり。近くを歩くたびにブタの鳴きまねされたり……いや、からかいなんて言葉で誤魔化しちゃダメだな。そいつに対するイジメが始まった」
胸のうずきは痛みとなって、どんどん大きくなっていった。
「イジメは段々エスカレートしてった。クラスの他の奴らも巻き込んで。無視したり、上履きを隠したり……プロレス技かけたり……」
「酷いです――」
「そうだね。酷かった。でも俺もクソだった」
「え……?」
「最初、先生に相談したんだ。イジメられてますって。でも全然取り合ってくれなくて、なんの役にもたたなかった」
面倒臭そうにあしらわれたことを思い出して、思わず唇を噛む。
「だから俺――自分がなんとかしなくちゃと思って、いじめてるヤツらに『やめろよ』って言おうと思った」
「じゃあ――」
「でも――言えなかった」
あの時に感じた情けなさと不甲斐なさが鮮明に蘇る。
「怖かったんだ。俺もいじめられたらどうしようって。それが怖くて。結局、何も言えなかった。アイツは俺にとって一番仲良い友達だったのに、最低なんだよ俺。結局自分の身が可愛くて、ダサくて、臆病で――」
「そんなことないです! 鳩山さんは悪くありません――」
烏丸さんが首を横に振って、そう言ってくれた。
「ありがとう。アイツもそう言ってくれたよ。自分が一番辛いはずだったのに、俺のことを気遣ってた」
「その友達は……?」
「途中から学校に来なくなって、そのまま卒業。それっきり会ってない。元気でやってるといいんだけどな」
「…………」
「とにかく……烏丸さんが感じた、俺の優しさっていうのはさ……仮にそんなものが俺にもあるとしたならさ――」
俺は一拍置いて、こう続ける。
「それはきっと俺の自己満足。あのときアイツに何もできなかった分、せめて今困ってる誰かには手を差し伸べてあげようっていう、スゲー都合のいい罪滅ぼしなんだ」
そこまで言い終えてから、ふと我に返った。
(さっきから俺は一体何を語っているんだ?)
酔いの勢いに任せて自分を下げるために話し始めたのはいいものの、いつの間にかただの独りよがりな懺悔になってる。
自虐ネタにしたってもっと相応しいエピソードがあるだろ。最後にうんこ漏らしたのは小五の時とか、そういう笑えるヤツが。
俺は急に恥ずかしくなって、彼女の顔を見れなくなってしまった。
「だから、ええと――何が言いたいかと言うとだね――」
(いやホントだよ。一体俺は彼女に何を言いたかったんだ?)
俺が結びの言葉を探してアタフタしていると、彼女がまっすぐ見つめて口を開いた。
「鳩山さん、一つだけ聞いてもいいですか?」
「――なに?」
「もしも、その友人に今会えたとしたら……何か伝えたいことはありますか?」
「伝えたいこと?」
「教えてください」
烏丸さんに問われ、俺は目を伏せた。
そして、もうありもしない可能性に思いを馳せる。
「うん……あの時はごめんって。まずは謝りたい。それと……」
「それと……?」
いじめられてからのアイツはいつも辛そうだった。たまに二人の時に話しかけると無理に笑顔を作って「気にすんなよ、全部俺が悪いんだから」と言っていた。
自分自身に悲観してた。
というか――
なんで俺が烏丸さんにこの話をしようと思ったのか。
そのワケが今分かった。
俺は烏丸さんの顔を見つめる。
自分自身に悲観しているその
だから、思い出してしまったんだ。
俺の後悔を、彼女に伝えたくなってしまったんだ。
俺はもう一度アイツに会えたら伝えてやりたい。
きっとなんの気休めにもならない言葉だろうけど。
「お前のせいじゃない。だから、自分を責めるなって――」
「――ッ」
俺がそう言い終えたとき、烏丸さんの小さく息を呑む音が聞こえた。
「烏丸さん……?」
心配になって彼女の名前を問いかける。
彼女は瞳いっぱいに涙を浮かべていた。
「ど、どうしたの⁉︎ 大丈夫⁉︎」
「いえ……大丈夫です。ごめんなさい、突然……」
「ゴメン、俺ヘンなこと言っちゃった?」
「違います、うち……きっと、嬉しいんです」
「嬉しいって、なにが?」
「鳩山さんの、気持ちがです」
「は? 俺の気持ち?」
俺は彼女の涙腺ポイントがわからなくて思わず問い返した。彼女は手で目元を拭いながら、俺の問いには答えずに、代わりに微笑みを作る。
「気にしないでください、こっちの話です。それより、お話してくれてありがとうございます」
「あーその、どういたしまして……なのかな? なんかゴメンね、いきなりこんな重い話、一方的にして」
「いいえ、おかげで鳩山さんのことが、よくわかりました」
「え? 今のでわかったの?」
「はい、鳩山さんはやっぱりとても優しい、素敵な人だって」
「ええ……? どこが?」
俺は困惑して、眉間にシワを寄せた。
「あの、鳩山さん。ご迷惑じゃなければ、うち、もっとアナタと一緒にいたいです」
「えっ……?」
唐突なお誘いに、俺は一瞬思考を停止させた。
「そ、それは、どういう……?」
「だから、文芸部に入ります」
「ああ、そういうことね」
「? そういうことかというのは?」
「いや、なんでもないよ」
俺は慌てて取り繕う。一瞬告白されたのかと思ったなんて口が裂けても言えない。
「でもよかった。烏丸さんも一緒だったらきっと楽しくなるよ」
「はい、うちもそう思います」
「そうだ一個お願いがあって――」
「お願いですか?」
烏丸さんが小首を傾げて問い返した。
「うん、俺あんまり本読まない人間だからさ。今度、烏丸さんのオススメの小説とかあったら教えてよ」
「もちろんです!」
俺の提案に、彼女は満面の笑みで応えてくれた。それからあっ、と思いついたように小さく声を上げる。
「それなら鳩山さん。うちからも一つお願いがあります」
「ん、なに?」
「もしよろしければ――うちのこと、これからは名前で呼んでくれませんか?」
「え、名前?」
「はい。烏丸という苗字……あまり好きじゃないんです。それに、せっかくこうして仲良くなれたのに、名字で呼び合うのは他人行儀な気がします」
「まあ、確かに……」
言われてみれば、俺と烏丸さんはもう友達なのだ。いつまでも烏丸さんと呼ぶのも変かもしれない。
「わかったよ。それじゃあ――まどい……さん」
「さんもいらないですよ?」
「あ、そう? じゃあ……」
さすがに呼び捨ては馴れ馴れしくないかと思ったけど、彼女がいいと言っているのだから、いいのだろう。
「まどい……」
「はいっ」
俺が名前を呼ぶと、彼女は嬉しそうに返事をした。
そんな彼女につられて、俺の顔にも自然と笑みが生まれる。
「改めてよろしくね、まどい」
「こちらこそ、直道くん」
こうして俺はまた、烏丸まどいという人間に一歩近づいていった。
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