アイツは生きてる

妙和

#1 オレと俺

 

︎︎︎︎︎︎☑︎


オレはその日暮らし。せみの鳴き声が好き。

人間も大自然の一部。冬は布団の中で過ごす事が多いし、夏は公園へ出かけて陽を浴び る。


冬の家の中の温かさ、夏の日陰に涼みに身を包み一時の安堵あんどを得る。

 

蝉は秋には死骸となるが、去年は夏でも暑すぎて蝉が命を落としていた。

 

夏に入道雲を眺め、そこから夏であると思う。夏の盛りしか、夏を感じない。故に、オレはその日暮らし。入道雲を眺めるから、夏ということ。風鈴の音色。


君を好きになったのは、夏だから。そう、夏だから。そう言い聞かせている 。目を……

反らしている。


二人とも夏が好きなのだろう。

二人? って、一体誰?

︎︎︎︎︎︎


︎︎︎︎︎︎☑︎



「夏のコーヒーのフタ開かねえなあ」

「ホットドリンクだろ」

「ホットドリンクだよ! 結露しねーよ!」


腕の汗が掌にまで落ちてきて缶の蓋が開きづらい。

オレはTシャツの胸をつまみ、パタパタと空気を通して扇いでいる。


「あちー。なんでこんな暑いんだよ」

帰宅部同士、暇だった。


 コーラ買ってやるから公園行へこうと、コイツが差し出したのはブラックコーヒーだ。



しかもホット。ベンチに座り、うだうだとしたいのがコイツだ。


ここは三角公園という。その名の通り、二等辺三角形の形をしているからオレたちはそう

呼んでいた。


雑草が刈られてあり、砂地がまっさらで整備されているが、なかなか人の来ない公園だ。


二股に大きく枝分かれした大木がある。

杉よりずっと小さい樹木だが、オレは木の形と名称に詳しくない。コイツは博学なので知

っていると思うが、夏が何でこんなに暑いかの方が気になる。


「俺、なんで夏が暑いかを知ってる」

 

驚いた。コイツが今オレの思ったことを言い当てられたから。そんな能力なんてあるはずが無い。たまたまだ。


「教えてほしいか? 百円出せ」


奢って冷徹に返して貰おうとする、このしたたかさ。コイツは本気で言っている。


夏は日照時間が長い。その太陽は冬より高く上るので、地面の温度が高くなり熱を帯びる。


それくらいオレにだって分かる。湿度が高いのは太平洋高気圧の影響らしい。オレは興味本位に100円を渡す。こういうのは友達らしくなくていい。


「夏だから」

「それだけ?」

「そう。夏が熱いのは夏だから。それが真理だ」

「悟ってんじゃねーよ」

 

コイツは一人称を俺と呼ぶ。オレはコイツが気に食わない。女子にモテるから。ただそれだけの理由だから、こうやって、だべっていられる。


オレとコイツは中学で知り合った。どちらも偏差値が高く、運動神経も良く、背も高い。

なのにコイツはモテて、オレはモテない。


「なあ、オレって顔悪い方かな?」

「気にしてんのかぁ~?」


完全に馬鹿にしている。真面目に聞くのが馬鹿だった。


「気にしてんのか~?」

 

やめろよ指で腹をつつくな。気にしてるよ!


オレはコイツみたいに顔は整ってない。知

ってることを聞くものじゃないと理解した。ところで何でコイツは汗一つかいていないのか。


そこで電話がきた。二人ともiPhoneで着信音が同じ設定だから、一瞬コイツのかと思った。母親からの電話だった。


「婆さんが危篤きとくだ。直ぐに向かう」

「俺も行く!」

「お前は関係ねえだろ!」

「いや、いく!」



平たんな道なのに、二人で自転車を立ち漕ぎで飛ばした。最高の6速で思い切りペダルを踏む。太もも上部が熱くなる。

明日は筋肉痛になるが、それどころではない。

 帰宅部で良かった。オフの時間が多いから急ぎにも対応出来る。しかし、運動部ならもっとペダルを強く押せるはず。コイツは負けずと着いてきた。

15分のところを10分間で家についた。


母さんは、あらお友達?

と言い、洗濯物を家の中に取り込んでいる。お邪魔します、とコイツも習って会釈をした。


「婆さんは!?」


 寝室にいるよ、と何事も無かったかのように話す。本当に何事も無いように。

ま・さ・か!?

オレは急いで来た意味がなかったようだ。「婆さん!」

ふすまを開けた。


 婆さんは座椅子に腰かけ、ボーっとしてテレビを観ている。と、同時に母さんに怒りが込み上げてくる。


畳に置いてあるベッドは、築年数が古い事を現している。

「あら? 彼女できたの?」

と、すっとんきょう。

「オレは危篤って聞いてて」

「あ、はじめまして」

「可愛いお嬢ちゃんだこと」

母さんは何でも大袈裟に言う心配性。優しく穏やかで、忘れっぽい。

でも、これで危篤ってどういう神経してるんだ。

 のんきに洗濯物を取り込んでいる姿から、母の心配性の「おっちょこちょい」はみてとれた。


「ああ、お母さんね。だめね」

「何があったんだよ」

「血圧が上160超えたのよ」


危篤って……オレはあんぐりした。婆さんはベッドに腰掛けながら、サッカーを観ている


「訪看さんが来てね。それで血圧計ったら御家族にお伝え下さいって」

「それで?」

「うん、それで危篤。血圧計ってるとき、サッカー観ていて日本がゴール決めたのよ」


 確かに婆さんは高血圧だが、どれだけ熱狂しいてるんだ。血圧計測中にガッツポーズを決めたらしい。訪看も計測し直せよ。


母が洗濯物を取り込み終わったとき、こんなことで電話するなと言いたかった。

それはいつもの癖、と自分の中の腹に落とし込んだ。訪看の言っている

「ご家族へお伝えください」というのも直近の話しではなかったのだろう。


 午後六時を超えていたが、外はまだ明るい。夏至は日照時間が一番長いわけではないと何

かで見た気がするが、それも不確かだと思っている。


 母さんがコイツに

「ご飯食べていく?」

 とたずねた。

「いえ、俺はただ着いてきただけなので、そんなおこがましくは。ありがとうございます」

と謙虚に断った。


 人前でも一人称は“俺”なのだなということに変わりはない。そういったところに親近感が湧いたが 気に食わない事には変わりない。

「いいのよ。またいつでも遊びにいらっしゃい」

 オレは玄関まで見送った。オレの家族を心配してくれたし。オレは焦ってくつをひっくり返していたが、コイツのスニーカーは横にしっかり揃えて置いてあった。


 三角公園まで見送ってもいいが、夕食の時間だし腹も空いていた。

「じゃあなー」

 コイツは手を振らず、声だけ掛けて背中を向けて帰ろうとしたがピタッと動きを止めた。


なんだ?

「あとさー! 俺、お前の婆さん好きだわー」

「分かったー! 死ねよー!」

「死ぬなよ」と言うと安心して帰るために、死ぬ危険性がある。『死ねよー!』は、オレとコイツの中で信頼の挨拶になっていた。


コイツは中学三年生で知り合った。友達なんて、普通に過ごしていれば勝手にできるもの

だ。オレは友達と思っていないが、こういうのを友達とは呼べない。

そう、友達と呼べなくどんな関係なのか当てはまる言葉は無い。オレもコイツも、友達なんて要らない。そういう性格をしてる。


「なあ、一緒にバカ高入んねえか?」

 とオレに言った。 理由は暇だからだと言う。

 そして、俺はそれに乗った。コイツと暇してるのがいい。偏差値を30も下げたバカ高に入り、部活もせず勉強もいい加減。しかし、オレはこうしてる間にコイツの陰ながらの努力を知らなかった。


そもそも、コイツのことは知りつくしていると思っていたが、実は何も知らなかった。そう気づく時期が近づいていた。

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