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学生でほとんどの席が埋まっている学生食堂で良江がオムライスを食べていると、いつの間にか隣の席にトレーを持った淳子が来ていた。
「食べるん
「国文講読、パス」
「うそ、なんで?」
良江は声を落とした。
「来たんよ、電話」
「え? よかったやん。で、なんて?」
「今から会いに行く」
良江は大きく息をつく。
「もう、二度と会えんでもいい思うてたのに」
「まぁたそんなこと言うて。やっぱ好きなんやろ? やっぱ忘れられへんのやろ。あの人の手のぬくもり、腕のたくましさ、胸の広さが忘れられ……」
「ちょっとやめてえな。声大きいし、恥ずかしい」
大げさなジェスチャーでセリフ読みする淳子を制止しながらも、良江は苦笑していた。
「あのな、あの人はな、会うたび私をからかって遊んで、いじわるして、私が
「それも優しさちゃうの?」
ふと、良江は気が付いたように時計を見た。
「あ、あかん。もう行かんと」
慌てて立ち上がる良江。
「あ、食器、代わりになおしといて」
「しょうもな。まあ、がんばってルンルンしてき」
「ほな、行くし」
良江はそのまま学生食堂を出て行った。
京都駅前のポルタ地下街はあちこちが金や銀のモール飾りで彩られていた。
明るい通路の両脇にはウインドウ・ショップが延々と続く。ブティック、アクセサリー売り場、ケーキ屋などに混ざって和菓子屋や土産物屋もある。
人通りは激しい。
まだ完成してから二年しかたっていない新しい地下街だ。それまで京都には、大阪のような地下街はなかった。
時折、トナカイの引く
そのどれにも銀文字で「Merry Christmas!」と書かれていた。地下街全体難く流れるBGMも「ジングル・ベル」だ。
「とりあえずどっか入ってお茶しよう。暑いし、これ脱ぎたいんよ」
暖房が効きすぎて、良江は赤いダウンジャケットが暑苦しかった。
そんな良江の手を取って歩く水野
「ほな、ここにしようか」
浩が選んだのは、通路に面した部分がすべてガラスウインドウになっている喫茶店だった。
「王様のアイデア」という小物売り場の向かい側だった。
二人は、自動ドアの前に当たった。
店内は右側がカウンター、左はテーブル席だ。一番手前の二人用テーブルだけが開いていた。
ウエイトレスがウォーターグラスを持ってくると、良江はさっそくダウンジャケットを脱いだ。
「ホット」
浩が注文すると、良江もすぐに続いた。
「私も」
「ほな、ホット二つ」
注文を済ませると、浩はすぐにたばこに火をつけた。
この日は四条河原町の阪急デパートの角で待ち合わせをし、新京極の松竹座で映画「E.T.」を見て、阪急電車と地下鉄を乗り継いで今京都駅に着いたところである。
本当は「ウィーン物語 ジェミニ・YとS」を提案した良江だったが、却下された。
「敦賀は日本海沿いやし、雪降るよねえ」
良江が言うと、浩はうなずいた。
「今年もドカ雪やで。本格的なのはこれからやけどな」
彼、水野浩はこれから敦賀市の実家に帰省する。
「いいなあ、旅ができて」
「旅いうたって、特急『雷鳥』で一時間やで。旅したかったら、良江もしたらええやん」
浩はそう言って笑う。
「あかんあかん、一人旅なんか行く言うたら親に殺される」
「友達と行ったら」
「そりゃ友達となら行ったことあるけど、一人でなんてよう行かん」
「ほな、俺と二人旅行こうか」
「何言うてん。まだそんな……」
良江が首をすくめるのを見て浩はまた笑った。
「またすぐひとのことからかう」
「まあ、そんなところがかわいいんや」
「ところで」
照れ隠しに、良江は話題を変えた。
そこへホットコーヒーが二つ、運ばれてきた。浩はたばこをもみ消した。
「いいなあ、ホワイトクリスマス」
「良江はクリスマスのイベント、なんかあるんか?」
「クリスマスのおべんと?」
「なんやねん、クリスマスのおべんとって。もしかしてご飯の代わりに雪が詰まってて、クリスマスツリーが刺さってたりして? で、メインはトナカイの肉」
良江は声を挙げて笑った。
「どんなんや。んなもん食べられへんやん。なんでトナカイ? せめてチキンにしてぇな」
そしてすぐに真顔に戻る。
「たぶん今日、『E.T.』見たくらいやな。うちの親、クリスチャンでもないのにクリスマスで騒ぐの嫌いやって」
「古いなあ。でも『E.T.』っていえば、なんかお祭りのシーンあったけど、クリスマスちゃうよなあ。あれ、何の祭りや?」
「ああ、町中が仮装してたお祭りね。なんかアメリカのお祭りちゃう? 知らんけど」
「それにしても、自分映画の最中に『あ、生き返った』なんて叫ぶかいな。周りの人、ぎょっと見よったで」
「だって感動したんやもん」
「まあ、最後の方は泣いててくれたおかげで静かやったけど」
「ヒロ君も泣いたんちゃう?」
「泣くかいな。あ、それよりもな」
コーヒーをすすりながらも、よく話題がころころ変わる。いつものことだ。
「この間『フィーリングカップル5対5』に良江の大学の子が出てたな」
「え? ほんま? 知らんかった」
良江もコーヒーマグを口に運んだ。
「先々週やったけな。見てへんかったん?」
「いや。だってその時間は『突然ガバチョ』見てるし」
「なんや、良江の知ってる人かと思ったのに」
「どうせ四大の子やろ。四大に知り合いなんかいてへんわ」
そこで浩はちらりと自分の腕時計を見た。
「時間、大丈夫?」
「うん、6時43分発やから、まだ三十分ある」
つまり、一緒にいられる時間もあと三十分ということになる。
良江はまだ、今日会ったら聞こうと思っていたことをまだ言い出せずにいた。
なぜ十一月以来ぷっつりと連絡が来なくなったのか。そして今ごろになってまた急に電話が来たのか……。
どう切り出していいかわからない。
「どうしたん? 急に黙って」
浩の方が、良江の顔を覗き込むようにして聞いてきた。
今、思い切って聞くべきか……そう思って良江が顔を挙げた時。
「突然暗くなって。なんかあった? 失恋でもしたん?」
「は?」
良江は浩の信じられない言葉に目を見開いた。
「誰に失恋するん? ヒロ君が私を振らん限り、失恋なんてないやん? それなのにそんなこと聞くなんて、私たちの関係はいったい何なん?」
「ちょ、ちょっと」
浩は慌てたそぶりで、苦笑とともに良江の言葉を制した。
「軽い冗談で言ったことにかみついてくんなって」
「そしたらなんで一カ月近くも連絡くれへんかったん?」
「それは…」
浩は真顔になって、目を落とした。
たしかにこちらから連絡はとれず、浩からの電話を待つだけというのは接点が細すぎる。かといって、自分のためにアパートの電話引いてくれともいえない。
「手紙に返事もくれへんし」
浩はまたたばこに火をつけた。火をつけながら言った。
「めんどうやな。一ヶ月くらい電話せえへんかっただけで、そうがみがみ言わんどいてほしいわ」
「ヒロ君にとって、私ってそんなもん?」
「ほな、良江にとって俺は何なんや? ほんまに好きなんか?」
「好きよ。一緒にいると楽しいし、さっきまでも楽しかった」
「一緒にいて楽しいいうだけで好きやいうのはちゃうやろ。それだけやったら、普通の女の子の友だちと変わらんいうことやな」
「違う」
そうは言ったものの、良江にその先の言葉が出てこなかった。
「好きってどういうことやろな」
それきり浩は無口になってたばこをふかしている。二人のコーヒーカップはもう空になっていた。
「あ、そろそろ行かんと」
浩は荷物を持って席を立とうとした。
店の外で良江は言った。
「送らんでもいい? 私、帰るわ」
「ああ、じゃあな」
浩は後ろ手を振って、地下街の雑踏の中へその背中を隠した。
終わった……と、良江は思った。
はっきりと別れたわけではない。でももう二度と、浩から連絡は来ないという確信が良江の中にはあった。
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