人工筋肉対決 ー四畳半のアジトよりー

広之新

人工筋肉対決

 私はゲルト団のJ将軍だ。ゲルト団は地球征服を目指す悪の秘密結社だ。その日本支部の幹部である私は、本来なら都心の基地で多くの部下の指揮を執っているはずだが、新型コロナウイルスの蔓延で地方にある実家に引越しした。ここで年老いた母と2人暮らしだ。そこの2階の四畳半の部屋からリモートで指揮を執っている。

 

 いつもラインマスクにやられっぱなしだ。我がゲルト団自慢の改造魔人が倒されている。少しはいいところがあったのだが・・・。こんな失敗続きの私は身の危険を感じるようになった。

 我がゲルト団は鉄の組織だ。無能な者は消されてしまう。いくら首領に目をかけていただいている私であっても、いつまでもこうではさすがに首領に見放されてしまうだろう。

 それがいよいよ現実になる日が来た・・・。


 ある日、壁の鷲の紋章の目が光った。これは首領からの連絡だ。私は立ち上がってその前で敬礼した。


「J将軍。ラインマスク打倒はどうしたのだ?」

「申し訳ありません。いまだに・・・。次こそは・・・」


 私は冷や汗を額からたらたら流していた。


「それではもう一度機会を与えよう。それにおまえに協力したいという者がいる。その者に力を借りればよい。」

「それは?」

「八丈島支部のZ長官だ。」

「Z長官!」


 私は絶句した。Z長官と言えば私のライバル。奴と競い合って私は日本支部の幹部におさまり、奴を八丈島まで飛ばしてやった。いわゆる因縁の相手だ。そんな奴が私にどう協力しようというのだ。


「Z長官が何を?」


 私は恐る恐る聞いてみた。


「八丈島支部では最近、人工筋肉を開発した。それもただの人工筋肉ではない。我が魔人に組み込めば工夫次第でパワーは2倍にも3倍にもなるという代物だ。」

「それが供与されるのですか?」

「いや、もう魔人は出来上がっている。筋肉魔人だ。八丈島支部が製作した。この魔人でラインマスクを打倒するのだ。」


 首領はそう言われた。だがそれでは私、いや日本支部の名折れだ。あんな奴に大きな顔をされたらたまらない。たとえラインマスクを倒せそうでも、それだけは受けることができない。


「首領。八丈島支部の力では、たとえ素晴らしい人工筋肉を使ったとしても強力な魔人が作れるわけはありません。魔人は様々なパーツを組み合わせたトータルな力が必要なのです。経験豊富な日本支部のいくつもある実験場に敵うわけがありません。」


 私は以前の失敗からそう学んでいた。


「ではどうしろというのか?」

「八丈島支部が力を貸すというのなら受けましょう。その人工筋肉だけを。それを使ってわが日本支部が素晴らしい魔人を作り上げます!」

「しかしな・・・」


 困惑した首領の声が聞こえた。だがその声だけではなかった。あの忌まわしい奴の声も聞こえた。


「首領。J将軍は意地を張っているのです!」


(あいつめ! 首領のお近くに寄って媚びを売っていたのか。それならなおさら負けられん!)


「それならばそれを証明いたしましょう。八丈島支部が開発した人工筋肉を、我らの白獅子魔人に組み込んで、そちらの筋肉魔人と戦わせましょう。それなら優劣がはっきりするはず。」


 私は思わずそう言ってしまった。勝算などあるわけはないが・・・。それに対してZ長官は自信満々だ。


「J将軍がそこまで言うのならお相手しましょう。首領。よろしいですな。」

「うむ。よかろう。その代わり正々堂々と戦うのだぞ。」

「わかりました。J将軍よ。筋肉魔人を伴って1週間後、そちらに行く。待っているがいい。ふふふ・・・」


 Z長官は不気味に笑いやがった。それならこちらもそれに負けじと、


「それはこちらこそ。ふふふ。」


 ともっと不気味に笑ってやった。戦いはもう始まっているのだ。


 ◇


 八丈島支部から人工筋肉が届き、それを白獅子魔人に組み込まれた。さすがはZ長官が威張るだけはある。パワーが格段に上がった。しかし・・・。


「筋肉魔人は最新のテクノロジーを使って人工筋肉を調整して、白獅子魔人の2倍にパワーとスピードを持っています!」


 密かに八丈島支部を探らせていた戦闘員から報告があった。私はそれを聞いて気が動転した。


(2倍だと・・・それでは勝てぬではないか・・・)


 あまりにも差がありすぎる。


「何とか白獅子魔人をもっとパワーアップできないか?」


 私は聞いてみたが、わが日本支部の科学者もどうにもならないという顔をしている。かくなる上は・・・


「特訓だ! 特訓でパワーとスピードをつける。筋肉は鍛えれば鍛えるほど発達するというのではないか。それに特製のプロテインを!」


 私はモニター越しにそう大声を上げた。こうなってはなりふり構っておられない。白獅子魔人を飛騨の山中に呼び出し、私はそこで鞭を振るった。


「厳しい自然の中で特訓だ!」


 そこはまだ雪が残る厳しい環境の場所だった。ここで激しいトレーニングをして根性をつけさせる。昭和世代の私にとって後は根性しかないのだ。

 白獅子魔人に山の中を走らせ、重い丸太を運ばせ、大木が倒れるまでキックやパンチを放たせた。それに大量のプロテイン・・・それはもう言葉では言い尽くせないほどすさまじい特訓だった。さすがの白獅子魔人も弱音を吐いた。


「もうだめです。俺にはできない・・・」


 目には涙さえ浮かべていた。だがそんなことでやめることはできない。私は心を鬼にして白獅子仮面の顔を「パチン!」と平手打ちすると厳しい言葉を浴びせた。


「そんなことでどうする! その涙はなんだ! そんなことで筋肉魔人に勝てるのか! ラインマスクを打倒できるのか!」


 その言葉で白獅子仮面は目が覚めたようだ。消えかかっていた目の輝きが戻って来た。


「俺はやります! やらせてください!」

「そうだ! よく言った! それでこそ我がゲルト団の誇りある魔人だ!」


 私は白獅子仮面の肩をポンと叩いて大きくうなずいた。


 それからは白獅子仮面が俄然やる気になり、どんなつらい特訓も歯を食いしばってこなしていった。それでそのパワーもスピードも、そしてスタミナも格段に上がったようだ。

 さらに私は景気づけにロッキーのテーマをかけながら、もっと過酷な特訓に挑ませた。


「タタンターン タタンタ タタンターン タタンタ・・・」


 この曲はいい。徐々に力をつけて強くなっていく気分になれる。

 そして特訓は終わった。私と白獅子魔人にはやり切ったという充実感に満たされていた。後は筋肉魔人と対決するのみ・・・。


 ◇


 いよいよ対決の日が来た。富士山のすそ野の平原が舞台だ。そこにZ長官に連れられて筋肉魔人が現れた。長身で筋肉隆々だ。まるで科学的トレーニングをしたドラゴだ。そういえばこの魔人も最新の科学力でその力を得ているのだ。

 一方、白獅子魔人は筋肉魔人のとてつもない姿に圧倒されているようだった。


(そんなことではだめだ。相手を飲んでかからねば・・・)


それで私は白獅子魔人に励ましの言葉を伝えた。頭に刻み付けるように・・・。


「お前なら負けない! きっと勝つ! あの特訓を思い出せ!」


 それを聞いて白獅子魔人は落ち着きを取り戻したようだ。敵は強いが白獅子魔人なら必ずやってくれると私は信じた。


 いよいよ戦いが始まった。お互いが新型の人工筋肉を使った魔人だ。どうしても打撃技が中心になる。そこに小細工はなく真正面からぶつかるだけだ。勝負を決めるのはどれだけ人工筋肉の力を引き出せているかだ。

 白獅子魔人と筋肉魔人が激しく打ち合う。お互いにすさまじい迫力だ。固唾を飲んで見守るしかない。だが・・・


(白獅子魔人が押されている。筋肉魔人のパワーの前では勝てないのか・・・)


 私は歯ぎしりした。だが白獅子魔人はそれでも引き下がろうとしない。何という根性だ。それなら私もあきらめずに応援しなければならない。


「がんばれ! お前には日本支部の皆がついているぞ!」


 私は大声を上げた。そしてあのロッキーのテーマをかけた。


「タタンターン タタンタ タタンターン タタンタ・・・」


すると白獅子魔人は特訓を思い出したのだろう。打たれても打たれても前に出て打ち返した。


(これぞまさにロッキーだ!)


 そして最後には血だらけになりながら筋肉魔人をノックアウトした。勝負がついたゴングが辺りに鳴り響いた。


「やったー!」


 私は飛び出して行って白獅子魔人と抱き合った。我々は勝ったのだ。最新のテクノロジーに根性が勝ったのだ。

 Z長官は筋肉魔人を抱きかかえて悔しそうに帰っていった。これでもう日本支部にちょっかいを出すことはしないだろう。


「思い知ったか! 正義は勝つのだ!」


 私は自分でとんでもないことを言っているのに気付いたが、それはそれで爽快な気分になった。


「これでラインマスクへの挑戦権を得た。この白獅子魔人の根性があればラインマスクなど何するものぞ・・・」


 私は自信満々だった。だが・・・白獅子魔人はラインマスクにあっけなく倒されてしまった。筋肉魔人と死力を尽くして戦ったので、そのダメージが計り知れないほど深かったのだ。

 私はその戦いをドローンのカメラを通して見ていた。そしてその結果を見てつぶやいた。


「燃え尽きたぜ・・・真っ白にな・・・」

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