恋人の筋肉をチェックする話

川木

恋人の筋肉

「忍ちゃんって、結構力持ちよね。何かスポーツでもしてるの?」


 一つ年上の他校に通う恋人の読子さんは、本棚の一番上段の本を整理している私の姿を見ながら、そうぽつりと言った。

 ここは読子さんの部屋で読子さんの本なのだけど、私より少し小柄で手が届かないのでついつい無精して二段目以降に詰め込んでしまう、と言うことで私が一番上の段の整理をかってでたのだ。私から言い出したので全然ゆっくりしてくれるのはいいのだけど、なんだかじっと見られていたのかと思うと気恥ずかしい。


「中学では陸上部でした。なのでまあ筋トレもしてはいましたけど」


 特に腕力を鍛えたつもりはない。今もたまにランニングしたり体を動かしているし、体力とか短距離ならそこそこ自信はあるけど、特に力持ちの自覚はない。

 と言うか、読子さんがひ弱なだけだ。と思うけどそれはお口チャックしておく。読子さんは深窓のご令嬢のような外見そのままに、少しか弱くて、なのに自覚がないところがまた可愛いのだ。


「そうなの。どうしてやめちゃったの?」

「うーん。走るのは好きですけど、あんまり勝つことには興味がなかったので」


 中学では特に熱血教師が担任で、目指せ全国、と暑苦しい指導をしていた。入った以上最後までやり抜いたし、友達と切磋琢磨した日々もそれなりに青春としていい思い出だと思ってる。でもそれはそれとして、もう二度と部活をやりたくない。


「ふぅん? なんだか、忍ちゃんらしいわね。ねぇねぇ、力こぶ見せて」

「力こぶはさすがに、そんなにないですけど」


 ぐっと腕を曲げて見せる。夏休みこそ終わったけれど、まだまだ夏日が続く日々なので普通に半袖だ。だけど当然そうもムキムキと言うレベルではない。普通だ。一応盛り上がるし固くなるけど、漫画のように盛り上がりすぎて影が出きたりもしない。

 だけどなにやら読子さんは興味深そうに立ち上がってじろじろ見てくる。顔を寄せてくるので、何と言うか、腕の毛穴まで見られてそうでとても恥ずかしい。


「あの、恥ずかしいんですけど」

「あら、ごめんなさい。人の力こぶなんて初めて見るから。触ってもいいかしら?」

「えっと、いいですけど」


 そう言われてみると、まあ改めてまじまじと見るものでもない。他でもない読子さんの希望なのだから、このくらいは構わない。


 読子さんは楽しそうに私の二の腕に触れた。山の上に四本指をかけて抑える様にふれてくる。そう強い力ではなく、むしろ優しすぎてくすぐったいくらいだ。


「わぁ、かたいわ。すごいのね」

「ん……どちらかと言うと、足の方が自信があるんですけど」


 まっすぐ褒められて、嬉しいようなくすぐったいような、本当に鍛えられているのは足の方なのでまだ自分の実力はこんなもんじゃないぞ、というような気になって、そんな風に読子さんの褒め言葉を躱してしまった。

 だってなんだか体を褒められると言うのはとにかくくすぐったくたまらなくてつい。


「そうなの? それはつまり、見せてくれると言うこと?」

「えっ、まあ、はい。ふくらはぎなら」


 普段ズボンばかりはいているし、制服のスカートの時もハイソックスをはいて誤魔化しているけど、今もふくらはぎ周りの筋肉は人より発達している自覚はある。

 スカートに合わないので隠しているだけで、走っている時は出していたし見られて恥ずかしいほどでもない。


 しゃがんでズボンを膝までめくって見せる。こんな感じですね


「わ、ほんとだわ。すごーい」


 はっきり後ろが膨らんでいてそれこそ光の向きによっては影ができるくらいだ。部活をやめてからはトレーニングと言うほどではなく、たまに趣味で走っている程度なのにほぼ変わっていない気がする。

 と、見せたとたんに読子さんは嬉しそうにしゃがんで私のふくらはぎを撫でだした。腕はOKしたけど、足はいいなんて言ってないのに。いや、言われたら駄目とは言えないけど、く、くすぐったい。


「あ、あの、読子さん。くすぐったいので」

「あ、ごめんなさい。つい。不躾だったわよね。でも見て、私の足と全然違うから」


 そう言って読子さんはすっとスカートを持ち上げた。読子さんの私服はほとんどロングスカートだ。だから膝下を見せる為には裾をあげないといけないし、制服の時は普通に見えている。だからめくったとして、別に全然大したことではない。


「ほらね」


 そのはずなのに、ただちょっとだけスカートをめくるその行為は私には刺激的すぎた。ただのふくらはぎのはずが、こうやって改めてみると本当に白くて細くて綺麗で、なんだかちょっとエッチな感じに思ってしまう。


「よ、読子さん、スカートおろしてください」

「え? まあ、見たならおろすけど……え? な、なに、その反応」


 思わず赤くなってしまった顔をおさえながら読子さんにスカートをおろしてもらう。きょとんとしながら手を離した読子さんは戸惑ったように首をかしげている。

 わかってる。読子さんは純粋だから全然気づいていないんだ。私のこの欲に。


「読子さん、私はズボンだからいいですけど、さすがにスカートをめくるのはちょっと」

「え、まあ、そう言われるとはしたなかったかもしれないけど……」

「かもじゃありません。私が我慢できなくなったらどうするんですか」

「えっ」

「……」


 余計なことを言ってしまった。そう気づいたけど、もう遅い。私の言葉の意味を理解した読子さんは真っ赤になって、もじもじしながら一歩下がって私から離れた。

 う、そんなあからさまにひかなくても。


「あ、あのね、忍ちゃん」

「すみません、あの、でももちろん、変なことなんてしませんから」

「……馬鹿。私たち、恋人なのよ? 変なことなんて、ないんだから」


 否定する言葉を聞きたくなくてかぶせる様に謝罪する私に、読子さんは怒ったように唇を尖らせて、すっともう一歩後退して自分のベッドにそのまま座った。


「だから、その……私も触ったんだから、忍ちゃんも同じように触ってもらうくらい、全然、大丈夫、よ?」


 そしてまた少しだけスカートを持ち上げた。


 だ、だから、そう言うんじゃないって。そう言う、ちょっと触るとかそう言うのじゃなくて、もっと、恋人として深い付き合いをしたいって言うことで。ああ、わかってない読子さんが可愛いんだけど、ちょっと、そのポーズは挑発的すぎるでしょ!


「……じゃあ、読子さんの筋肉も、確認させてもらいますね」

「え、ええ」


 本当はもっと色々としたいことはあるけど、でもそんな風に一気に階段をのぼることもない。私は読子さんのことが好きで、すごく大事だから、少しずつ読子さんのペースに合わせて進んでいっていいと思う。

 だから今日のところは、読子さんに合わせてふくらはぎと二の腕に触れるだけで我慢した。こうやってスキンシップになれてもらわないと、本当にしたいことなんてできないからね。


 うん、ちょっと触り方がいやらしかったかもしれないし、この日の本棚の片付けは全然進まなかったけど、それは仕方ない。


 読子さんも照れながらも嫌がることもなかったし。いや、なんならもうちょっと、太ももくらい触っても大丈夫だったのでは。いやいや。ここは我慢。今日は読子さんが全然筋肉が無くてぷにぷにだったし、二の腕がとっても柔らかかったので満足しておこう。

 ところで二の腕の柔らかさが胸と同じって聞いたことあるけど、あれってどこまで本当なのかな? 少なくとも私は違うけど、読子さんの二の腕、気持ちよかったなぁ。






 この後、私がこの都市伝説はやっぱり真っ赤な嘘、とわかる日はまだまだ遠いのだった。

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