立ち呑み屋さんで都合が良い!

維 黎

都合が良い話

 低い天井から吊るされた照明の光を浴びて、見事なを放つ筋肉美を見て思わずうっとりとため息をこぼしてしまった。


「――はぁ……好き」


 惚れ惚れする。ううん。惚れたわ。きっとこれは恋。

 ときめく心で周りの喧騒も視界を曇らせる煙も全く気にならない。


 店内奥にある調理場へと続く打ちっぱなしのコンクリート床の左右にはカウンター。真ん中に丸テーブルが二つ。そのテーブルの一つ、あたしの目の前には真っ白な皿に鎮座するこんがりとキツネ色に色づいた骨付きローストチキン。

 肉肉にくにくしく張ったその筋肉は今にも走り出しそう。それはまるで陸上選手のそれを思い浮かばせる。

 心の中でため息をもう一度。はぁ。ずっと見ていられるわ、これ。


 あたしは立ち吞み処〝巌鉄がんてつ″に来ていた。

 客層は9割は男性――それもおじさん。そんな中ではあたしはちょっと浮いている雰囲気もあるけど、あたしは気にしない。巌鉄ここのローストチキンは絶品だから。

 と、強がってみてもまだ花嫁前の女子。一人じゃさすがにおじさん達に囲まれてちゃゆっくりと堪能出来ないわけで。故にお供を一人。


「――え? その恋は危険過ぎるって? いいのよ。時に女は危険な恋に無性に溺れたくなるんだから」


 うっとりとチキンに視線を向けたまま都合とごうに答える。

 金曜日。

 連日の残業のご褒美に今日は定時上がりにしてもらえた。で、そのまま帰るのはもったいない。でも同じ部署の子たちはもうすこし残業がある。そこで別部署の気心の知れた後輩に声をかけたってわけ。この間、残業を手伝ってもらったことのお礼を口実に。


「さ、食べよ、飲も。切り分けてあげる。ここのローストチキンは絶品なんだから」


 素直に〝はい″と頷く後輩を見て口元が緩むのを自覚する。

 あたしの部署ほどではないにしろ都合のところも忙しいだろうに、こうしてちゃんと付き合ってくれるんだから。


 ほんと、都合ってば都合が良い。




――続く――












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