計画の全容
久野公園の奥。
林のように密集している木々の中に、なぜかぽっかりと空いた広場のような空間がある。
普段は誰も立ち入らなさそうなこの場所に、在原康子が立っていた。なぜか煙がもうもうと昇っているたき火を背にして。
「待ってたよ、お姉ちゃん……いや、今はお兄ちゃんか」
「在原康子。君の過去を調べたよ。壮絶な過去を歩んでいたんだな」
「一応、お兄ちゃんが調べた情報を教えてくれない? 答え合わせだよ」
僕は、在原康子の過去に起こったことを本人の目の前で話した。
22歳の青年『伊勢高男』から性暴力を受けたこと、彼は逮捕されたがすぐに自殺したことを。
「ふーん。今も『そういうこと』になってるんだ」
「……真実は違うみたいな言い方だな」
「そうだよ。あたしは高男くんの『彼女』で、正真正銘恋人だったんだから」
『彼女』、『恋人』。性暴力の凄惨な記憶から身を守るため、自分についた嘘という可能性も考えられるが――今の在原康子の口調だと、そんな様子は微塵も感じられない。
そういう印象を抱きつつも、僕は疑問に思うことがあった。
「待ってくれ。君が性的暴行を受けたことは、医学検査で証明されているし、捜査資料にもそう書いてあった」
「ああ、それはクソオヤジの事だね」
「クソオヤジ?」
「あんまり言いたくないんだけどさぁ……あたしの『父親』だよ」
『父親』だって? 何者かに殺害された、あの父親?
「ホント、最悪な家だったよ。クソオヤジは私を毎晩襲うし、クソババア――『母親』はそれを見て自分の股間をいじってるような家だった。あたし、何回死にたいと思ったかわからない」
在原康子は、自分の身に起きたことを話し続けた。僕が見た捜査資料とは全く印象が異なる、彼女自身が体験した事を。
「そんな時に出会ったのが、高男くんだった。あたし、つらくて親からされていたことを話せなかったけど、高男くんは無理に追求しなかったし、私に優しくしてくれて寄り添ってくれた。
本当は、高男くんになら体を許してもよかったけど、高男くんはマジメだから、成人するまで待つって言ってた」
「じゃあ、なんで伊勢高男は逮捕されたんだ……?」
「クソオヤジがハメたからだよ。あいつ、妙に勘が鋭いところがあってさ、自分が逮捕されるのも時間の問題だと思ってたみたい。
そんな時、あいつがあたしと高男くんの関係に気付いた。そしてその関係を利用して、高男くんを性犯罪者として告発したんだよ。犯人が捕まればそれで終わり、って先入観を利用するために」
た、確かに。『犯罪者が一度捕まれば、被害者は二度と被害には遭わない』という一般的な認識。冷静に考えれば、そんな保証はどこにもないのに。
つまり、在原康子の父親は、そんな世間一般に広まっている『先入観』を利用して、自分たちから犯罪の疑惑の目を逸らすため、伊勢高男を告発した。これが事件の真相なのか。
「それからは、お兄ちゃんも知ってるでしょ? 高男くんは自殺して、あたしはまたクソオヤジとクソババアのラブドールに逆戻り。むしろ、高男くんが死んじゃったから、自分の事さえどうでもいいって思ってたし、真剣に自殺も考えた。
そんなときだった、行代さんと出会ったのは。始まりは偶然みたいなものだったけどね」
「西行代と、か?」
「そうよ。行代さん、大人と子供の恋愛が普通に受け入れられている世の中を目指していてさ、私も共感しちゃった。だって、高男くんが捕まったのは、大人と子供の恋愛が異常だって思われちゃう世の中が原因だから。それさえ無ければ高男くんは捕まる必要が無かったし、クソオヤジが高男くんに罪をなすりつけることも無かった。
あたしの事も行代さんに相談したらさ、短冊を貰ったんだ。それでクソオヤジとクソババアを殺して、行代さんと一緒に暮らしながら計画を進めていたの」
1年ほど前に起こった夫婦殺害事件、あの犯人は、実の娘である在原康子だった。
しかも西行代からもらったという短冊を使った事から、魔法を使って殺したのは確定だな。
もっとも、被害者である夫妻には一片たりとも同情できないが……。
「もう1人のお兄ちゃんをボコボコにしちゃったのは、うらやましかったし妬ましかったから。この国では同性愛は違法行為じゃ無いけど、大人と子供の恋愛は捕まっちゃうのが許せなかったからだよ。
……まぁ、感情的になったのは反省してるけど」
1つ謎が解けた。雨月が病院送りにされる前に聞いた『妬ましい』という言葉は、同じマイノリティなのに同性愛は逮捕されることは無く、大人と子供の恋愛は犯罪扱いされることに不平等感を持ったからだ。
「さて、あたしの事を全部話したところでお兄ちゃんに提案なんだけど、このまま見逃してくれないかな? あたしたちは世の中を変えたい理由があるし、二度とあたしたちみたいな悲しみを生まないためにやっている。それは理解できるでしょ?」
しばらく考えてみて……そして僕は結論を出した。
「残念だけど、見逃すわけにはいかない。君たちに同情は出来るけど、町中に魔方陣を描くのは迷惑行為だし、君は殺人を犯しているし、今からやろうとしていることは洗脳だよ。
――なにより、僕はバウンティハンターとして依頼を受けた。依頼を受けた以上、しっかり完遂しないと」
「……そっか。そういうことなら、仕方ない」
そう言うと、在原康子は短冊を投げた。
その短冊はすぐさま炎上し、ものすごいスピードで飛び、僕の顔の右側をかすめた。そしてそのまま僕の後ろにあった木に衝突すると――盛大に爆発した。
「……は?」
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