尼寺

 ある日、北山先生から呼び出しを受けた。

 場所は、バウンティハンター協会の会議室。つまり、魔法がらみの話題となる。

 指定された場所に行ってみると、北山先生とやはり伊藤さんがいた。


「久野市の魔力分布を調べてみた。その結果、次に魔方陣が描かれそうな場所がわかったぞ」


「どこなんですか、伊藤さん」


「久野市の南西部、『愛染堂』だ」


 愛染堂。平安時代、久野将光が逝去した後、将光の菩提を弔うため彼の妻が建立した寺であり、彼女が仏門に入った寺でもある。

 このような経緯から、いつの間にか尼寺となっていった歴史がある。尼寺になった時期は完全にはわかっていないが、少なくとも室町時代には完全に尼寺となっていたらしい。


「雨月君はまだ療養中で、今回の件に参加することはほぼ不可能でしょう。それと場所柄、依頼の遂行に条件を付けさせていただきます」


「ああ、なんとなく予想が付きました」


 なら話は早いとばかりに、北山先生は告げた。


「石田君には特技を使い、女子になって依頼をこなして貰います」




 愛染堂は、尼寺であった経緯もあって長い間男子禁制であった。

 現在は誰でも立ち入ることが出来るようになったが、女性に対して御利益があるとされているため女性の参拝客が多い。

 男性もいることはいるが、少ない。大抵は家族や恋人と一緒に参拝しているパターンが多い。


 そういう風土がある寺なので、私が女子になって潜り込むのは理にかなっているのだ。


 数日間、本堂を中心に観光客に扮して警戒していたところ、怪しい人物を見つけた。

 ただ、発見した現場は本堂から離れた、石碑が建っている場所だった。


「失礼します。ここで何をされていますか?」


「ねぇ、行代さん。見つかっちゃったみたいだけど」


「大丈夫よ、康子ちゃん。もうやることは済んだから」


 そして怪しい母子と思わしき2人は、ゆっくりとこちらに顔を向けた。


「別に何もしていませんよ。ただ私たちは石碑の文が気になっただけ――あら、あなた、もしかして……」


 すると、母親に方が短冊を手に取り、それを私に向けた次の瞬間、強烈なフラッシュが放たれた!


「な、これは……」


 そしてフラッシュを浴びた僕は、なんと一瞬だけだが身体が男子に戻ってしまった。


「特技由来の能力なのね。正体を暴く魔法が一瞬しか効かなかったわ。そして、これで会ったのは3度目ね、バウンティハンターさん」


 私の正体がバレてしまった。けど、バレてしまってはしょうがない。意識を切り替えて、情報を取れるだけ取ってしまおう。


「ここで何をしていた?」


「今までの件についてご存じなら、予想は付くでしょう。この石碑に魔方陣を描いていました。

 この尼寺が建てられた平安時代は、ようやく墓石の走りのようなものが出来た時代。どうやらここにも久野将光とその妻の墓石があったようだけど、戦国時代には完全に失われてしまったようね。

 戦後になって超音波探査機で愛染堂の境内の地中を調べた結果、この下に石棺が2基見つかったそうよ。そして、石棺の上に墓石があったことがほぼ特定されて、この石碑が建てられた。

 後は、言わずともわかるでしょう?」


 つまり、この石碑が魔力を多くため込んでいる場所であって、石碑に魔方陣を描く理由って訳だ。


「わかった。ところで、2人は魔方陣を市内に描いて、何が目的なの?」


「それはまだ秘密。でも、私たちの名前を教えてあげる。それで過去の事件資料を調べれば、私たちの目的を推測出来るんじゃない?

 私は『西行代ゆきよ』。この子は『在原康子』。答え合わせは、次に会えれば教えてあげる」


 そして、2人は同時に短冊を出したかと思うと、強烈な光が放たれた。

 光が収まる頃には、2人は居なくなっていた。


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