バウンティハンターの職質事情

「みなさん、『職務質問』は知っていますね? 『職質』と略される事もありますが」


 金章学園のハンター科は、バウンティハンターを目指す少年少女のための学科だ。当然、バウンティハンターに必須のスキルを磨くための授業が存在し、そのほとんどが実技科目だ。

 ただ、中には座学も存在する。今受けている授業が正にそれで、基本的に担任が担当することになっている。僕達のクラスは当然、北山先生が講師になっている。


「映画やドラマで職質のシーンを見たことがあるでしょう。ですが、現実にはほとんど行われません」


「先生、それはなぜですか?」


「いい質問ですね。それは、数十年前に起きたある事件がきっかけです」


 先生が語るところによれば、当時、あるバウンティハンターが1人の東南アジア系外国人に職質を行った。

 ところが、職質を行っても何も犯罪の形跡が出てこない。バウンティハンターは自分の勘を信じ、数時間にも及ぶ職質や持ち物検査を行った。


 だが、これがよくなかった。

 実はその外国人、東南アジアの経済界の重鎮で、お忍びで日本にやってきて会談をいくつも行う予定だったのだ。その中には日本の大企業経営者や官僚のトップ、政治家も含まれていた。

 しかし、このしつこい職質によってこの外国人の日本に対する印象は最悪となった。其の結果、全ての会談の予定をキャンセルして帰国してしまう。


 この結果、日本経済への影響は計り知れないものとなった。当然、政財界のお歴々は大激怒。

 職質を行ったバウンティハンターは特別公務員職権濫用罪の疑いで逮捕され、裁判にかけられることになった。

 ただ、犯罪として立証するには証拠が足りなかったらしく、証拠不十分で無罪となった。しかし、バウンティハンター免許の剥奪という重い処分が下され、二度とバウンティハンターやその関連業界で働けなくなってしまったという。


「裁判でなぜ職質をしたのかという動機を質問したところ、被疑者は『怪しかったから』と答えましたでは具体的にどこが怪しかったのかと聞かれると『普通とは違うから』と答えました」


「それは、あまり具体的な答えではないですよね?」


「雨月君の言うとおりです。その後何度か質問を重ねたところ、結局『なんとなく』という結論にしかならなかったんです。、

 この裁判で明らかになったのは、『不審者を見つけ出そうとすると人権侵害に繋がる』ということだったんです」


 不審者、つまり犯罪をやりそうな怪しい人物は、普通ではない。だから普通ではない人物を見つければいい。

 だが、現実には不審者を見つけるのは困難だ。なぜなら、犯罪者や犯罪をやりそうな人物は、一般市民に溶け込んでいるから。

 それなのに不審者を見つけ出そうとすると、一見自分たちとは異なる人達が怪しく見えてしまう。すなわち障害者や外国人などだ。

 そんな人達を標的にしてしまえば、それは人権侵害となる。


「このような経緯で、現在のバウンティハンター業界では職質をなるべくやらないということが常識になっているんです」


「では、どうやって犯罪を見つけ出せばいいんですか?」


「それはですね、石田君。『場所』に注目するんです。犯罪分析には『人』に注目する方法と『場所』に注目する方法があって、『人』に注目する方は犯罪者の動機や背景を調べるんですね。

 対して『場所』というのは、そもそも犯罪者は絶好の機会が訪れないと犯罪を実行しないという説が土台になっていて、なぜその場所で犯罪が起きたかを分析するんです。

 そして実際、犯罪が起きやすい場所というのは存在します」


 そういえば、小さい頃両親から近づいてはいけない場所について教えられたな。大体、暗かったり人通りが少なかったり、死角が多かったりする場所だった。


「そういった犯罪が置きやすい場所を巡回するんです。それだけで現行犯逮捕できる件数がグッと上がります。バウンティハンター活動のセオリーの1つですね。

 あと、バウンティハンターの中には職質を積極的に行って成果を上げている人も少数ですが、確かにいらっしゃいます。ですが、そういった人達は豊かな才能や高い技術を持っていたり、職質で効果を発揮する特技を持っていたりする方ばかりです。

 なので、職質の技術を確実に磨ける環境に無い限りは安易に職質しないことをオススメします。どうしても職質をしたかったり、特技の関係で職質が必要だったりする場合は先生に相談してください。どうすれば上手く職質が出来るか一緒に考えますから」


 後で考えてみれば、この授業はこれから起こる大事件の伏線だったのではと思ってしまう。

 どの辺が伏線になったか。それは『不審者論』の事だ。その大事件の背景には、不審者論が繋がっていたのだから。


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