オタクは無双したかった

桐山じゃろ

オタクは無双したかった

 日本有数の電気街で買い物をしていたら、声を掛けられた。

 最近めっきり減ってしまったメイド喫茶の呼子などではない。

 太い男の声だ。しかも、かなり高い位置から声を発している。


 振り返ると、世紀末覇者が生きる世界の住人ですか? と突っ込みたくなるような姿の男が立っていた。


 金を出せ、もしくは僕が持っている駿河湾屋限定ミケちゃんフィギュアを置いていけ、等と仰る。

 金はミケちゃんで使い果たしたばかりで手持ちは帰りの電車賃しかないし、ミケちゃんは予約生産限定商品だから、二度と手に入らない。


 どちらも渡せないと言い返すと、ヒャッハー男が殴りかかってきた。


 ここで、僕の容姿について無粋な解説を挟もうと思う。

 ボサボサのロン毛をひとつにくくり、眼鏡で猫背で、背が低い。

 ついでにバンダナも巻いている。

 僕もヒャッハー男のことを言えない。僕自身も、所謂一昔前のオタクを体現した容姿だからだ。


 しかし、チェックのシャツに色あせたジーパンの下には……筋肉オタクでもある僕の、鍛え上げた筋肉が隠れている。


 ふんっ、と力を入れると、チェックのシャツがバリバリと破れた。

 ヒャッハー男の拳は、僕の腹を正確に捕らえたが、僕は微動だにしない。

 僕の筋肉の前に、そのようなへなちょこパンチは通用しない。

 うなれ俺の筋肉!

「ぐえっ!」

 普通に痛かった。どんな筋肉でも普通に良いパンチを貰ったら痛い。

 腹をおさえてうずくまってしまったが、こんなことでは筋肉たちに申し訳がない。

 すぐに立ち上がると、今度は顔に一発貰った。

 顔には筋肉のつけようがない。

「ぎゃっ!」

 吹っ飛んだ眼鏡はヒャッハー男に踏み潰された。ゾフォの眼鏡よ、安らかに。


 更に顔と腹に何発か貰い、僕はめためたに打ち負かされた。

 しかし何度打たれても立ち上がり、財布とミケちゃんを守っていると、いつのまにかギャラリーができていた。

「頑張れオタク!」

 いや応援はありがたいけど、警察を呼んでくれ。

「お前なら勝てるぞ、筋肉オタク!」

 僕がオタクなのは間違いないが、もはや煽りだぞ、その台詞は。

「ミケちゃんを守れ同志!」

 同志よ警察を呼んでくれ。


 まあ結局、良心的な、あるいは我に返った誰かが呼んでくれた警察にヒャッハー男は連れて行かれ、僕は病院で診断書を貰った。


 この後は特筆することはない。被害届を出し、幾ばくかの慰謝料を貰って終わりだ。


 僕は筋トレをやめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オタクは無双したかった 桐山じゃろ @kiriyama_jyaro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ