企業戦士マッスル富沢

あぶく

企業戦士マッスル富沢

ゆめまる物産のオフィスでは、すでにスーツ姿の社員達が電話の対応に追われている。

「おはようございます。ゆめまる物産です。あ、ニコニコ製麺さん、あ、はいはい」

ある者は受話器を片手にペンを走らせ、ある者はパソコンに向かいキーを叩いている。


そんななか、バタンッ!と勢いよくドアが開かれ、マッスル富沢の声が響き渡った。

「おはようございます!」

いつものように社員達は一瞬動きを止め、チラリと彼を横目でうかがい、ふたたび仕事にもどる。


青いストライプのネクタイ、黒のボディビルパンツ、同じく黒のビジネスシューズ。

香ばしく日焼けした筋骨隆々の体にその三点だけをまとい、右手に下げたビジネスバッグを振りながら、マッスル富沢は窓際の自分のデスクへとやってきた。


バッグを置き、射しこむ朝日に右手をかざす。

こぶしを握る。

三角筋、上腕三頭筋、前腕筋群が浮き立つ。

次いで左脚を後ろにひく。

大殿筋、ハムストリングス、ヒラメ筋が盛り上がる。

僧帽筋にまわしたストライプのネクタイをふわりとはためかせ、そのまま腰を落とす。

広背筋、腹直筋、大腿四頭筋が朝日に輝く。


とその時、マッスル富沢のデスクの電話が鳴った。

彼はすぐさま飛び上がり、受話器を取ると会話を始め、数分後、大胸筋を揺らしながら課長のデスクの前に立って言った。


「課長、竜宮海産の社長が会ってくれるそうです。わたし、今から行ってきます」

マッスル富沢は満面の笑みだ。

大胸筋の揺れもマックスだ。

「あ、はい、いってらっしゃい」

課長は微動だにせず、死んだ目でマッスル富沢の黒いボディビルパンツを眺めながら言った。


課長はぼんやり思う。

この男がどうしてこんな出で立ちなのか私は知らない。

誰も知らない。

噂では、『裸のこころで顧客に向き合う』を体現しているという。


「では、行ってきます」

バッグをつかむと、裸体にストライプのネクタイをひるがえし、マッスル富沢はオフィスのドアを出ていった。


マッスル富沢。

本名なのか。

誰も知らない。

マッスル富沢。

嫁はいるのか。

知りたくはない。


                 ━終━














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

企業戦士マッスル富沢 あぶく @abuku-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ