紫野原魔法探偵事務所録
みーこ
フォックスガール
第1話 来訪者
住宅街から少し離れた場所に、紫野原魔法探偵事務所はある。
そう。“魔法”探偵事務所だ。
探偵が魔法使いなのだ。扱うのも魔法絡みの依頼のみ。その為この事務所に来るには、その人も魔法使いであるか、そうでなくとも魔法絡みの悩みを抱えているか、所長である私、紫野原翠に用がないといけない。ちなみに配達員は私に用がある人に分類されるから、配達物がある時だけここに来られる。
「ここに来るたびこんな道あったっけ? って思うのに迷わず着くのが不思議なんですよね~」
「まぁ、一本道ですからね。ありがとうございます」
荷物を受け取った私は、去り行く配達員を見送ってから家の中に入った。よし。今日も結界はちゃんと作用している。
「……♪」
探偵事務所として使用しているこの洋館は、私の自宅でもある。だから自室も当然あるのだが、いつ依頼人が来てもいいように、日中はなるべく事務所にいる。荷物を持ったままそこまで行き、ソファに腰を掛けて箱を開けた。
「おお~!」
届いたのは私が子供の事に放送されていたアニメ『魔法少女ウヅキ』の放送開始二十周年を記念したグッズ。作中の変身アイテム『マジカルペンダント』をイメージしつつ、普段使いができるようにアレンジされたペンダント。所謂“分かる人には分かる”タイプのグッズだ。登場する十一人の魔法少女達と一人の先生、合わせて十二人分発売され、私は主人公ウヅキの親友、サツキのペンダントを購入した。ペンダントの真ん中で、サツキのイメージカラーである黄緑色の石が光り輝いている。
「……えへへ」
私は今首に掛かっているペンダントを外し、マジカルペンダントを付けた。待ちに待っていたグッズが届いた事の喜びと、今まで画像でしか見ていなかったペンダントの実物が己の首に掛かっている事の興奮で、ボルテージは最高潮に達している。私は両手でペンダントを包み込むように握った。
「ピラキラクルリラピッコンタン! マジカルサツキ!」
「あっ……」
「えっ……」
いつの間にか事務所内に私以外の人間がいた。近所の女子高の夏用制服を着た少女が、事務所の玄関扉を開けたまま固まっている。それを見て私も固まった。
(変身時の台詞言ってる場合じゃなかった……!)
「す、すみません。お邪魔しました……」
「あ、ま、待って! ごめん! あの、大丈夫だから! 入って!」
逆再生でもするように扉を閉めて出ていこうとした少女を私は急いで引き留めた。
「ごめんね美香ちゃん。変なとこ見せちゃって」
「いえ……その、私もすみません。ノックもせず開けちゃって」
「いやいや、全面的に悪いのは私だから。美香ちゃんは何も気にしないでいいよ」
彼女は羽山美香。魔法使いではないが、二か月程前に魔法絡みの悩みを抱えてこの事務所にやってきて、解決した後もこうして時折遊びに来る。
「こんな時間に来るなんて珍しいね。まだお昼前だよ。何かあった?」
「今日から夏休みなので、終業式とホームルームだけだったんですよ」
「もうそんな時期か。いいねえ、夏休み」
「よくないですよ~、課題が山盛りですもん。翠さん、夏休みの間もここに来ていいですか? 魔法をもっと練習したいですし、家で課題やるよりもここの方が集中できるんですよ。翠さんにも教えてもらえますし」
「いいけど、私が教えられるのは覚えてる範囲で、だけどね」
「それでも大丈夫です! ありがとうございます!」
そんな会話をしながら美香を室内に招き入れ、冷たい麦茶を二人分用意した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
ソファに座り麦茶を飲んで一呼吸。
「ところで翠さん」
「ん?」
「さっき何やってたんですか?」
「……」
昔見ていた大好きなアニメのグッズが届き大はしゃぎして変身時の台詞を言っていた事を説明しろと……⁉ 駄目だ。正直に説明してしまっては女子高生が抱いていそうな“大人のお姉さん”像を台無しにしてしまう……!
「あれって確か、魔法少女ウヅキの台詞……でしたっけ?」
「いや、サツキの台詞」
「えっ?」
「あっ……」
(墓穴掘った……)
「あ、えーっと、魔法少女ウヅキに登場するサツキの台詞だから、半分正解だよ」
自分で自分をフォローするようにそう付け加えたが、一体何のフォローだ。これはフォローになっているのか。もう後戻りはできないが、美香は納得したように頷いていた。
「本当にお好きなんですね、魔法少女ウヅキ」
「うん……あはは」
そう言えば美香は私が魔法少女ウヅキのファンである事を知っているのだった。隠そうとする意味が無かった。大人のお姉さん失格である。
「魔法少女と言えば、最近ネットで話題になってますよね。狐のお面被ってる……名前何でしだっけ……」
「ああ、色んな人が動画上げてるやつ。フォックスガール……だっけ?」
フォックスガールと言うのは、前述の通り最近ネットで話題になっている謎の人物だ。魔法少女系のアニメにでも出てきそうな服装に身を包み(ただし主人公然としたピンクではなく水色)、顔には狐のお面、おまけに手には錫杖という何とも風変わりな格好で街中に現れるという。そんな格好で何をしているのかと言うと、万引き犯を捕まえたり、困っている人を助けたり、といったヒーローじみた事。人に危害を加えるような事はしていないし、捕まえた獲物は警察に引き渡している為、警察側も若干扱いに困りつつも今のところは野放しにしても大丈夫だろうと判断しているらしい。
「フォックスガールが出るのってこの辺りなんでしょうか? 見た事あるって子が学校でも何人かいるんですよ」
「言われてみれば……動画内に出てくる建物、見覚えがある気がしてたんだよね」
「やっぱりそうですよね! じゃあ動画が撮影された場所に行けばフォックスガールに会えるかも」
「フォックスじゃなくてキャット! 猫!」
「「えっ?」」
突然誰かがそう叫びながら事務所に入ってきた。扉の方を向くと、狐……ではなく本人曰く猫のお面を被り、魔法少女系のアニメにでも出てきそうな水色の服装に身を包んだ少女が立っていた。
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