影の子

渡邊 こはく

-1章-出会い

暗闇の中で私を照らすのは一筋ほどのの月の光だけ。私の部屋は狭い押し入れだけ。小さい頃からそうだった。私の父は私が生まれてすぐ家を出て行った、母は私が物心ついた頃から朝早くに家を出て酒に溺れて帰ってきて私を押し入れに入れる。時々男の人を連れてくる。ほとんど毎回違う人がやって来るし、母は私の存在を押し入れに隠す。押し入れにはボロボロになったランドセルと一冊の本だけ。幼いときからそうだった。でも寂しくなんてなかった。2年前の冬、私は人生で初めて母に秘密で外に出た。私は普段、学校と家を行き来するだけ。外出なんて母の機嫌が良い日だけだったし、唯一連れて行ってもらえたのも駅前のファミリーレストランだけ。それもお金がない私と母はオムライスを2人で半分こしなければいけなかった。

そんな私が2年前の冬、外に出た。たった1人で。普段、夜には帰ってくるはずの母が帰ってこなかった。最初は今日だけ帰って来ないかと思ったがそこから2日、母が帰ってくることはなかった。その間私は普段通り学校に通っていたし夜になれば自分から押し入れに入った。でも、心の片隅には母はもう帰って来ないのではないか外に出てみても良いのではないかと思うようになった。

もちろん外に出た瞬間は罪悪感で押し潰れそうになったし、外に出てみたところで行く当てもなかった。幸いにも土曜日だったからか通りには多くの人が居てガリガリで色白、真冬の癖に薄着でほっつき歩いていた私も目立つことはなかった。当てもなく歩いていた私も人波に飲まれて気づけばどこかに辿り着いていた。

私は『如月書店』と書かれた書店に辿り着いたようだった。店頭には『赤井  陸《あかい りく》先生 新作 -純愛- 販売開始』とある。どうやら私が付いて来た人たちはこの新作小説に吸い寄せられてきたようだった。

私は赤井 陸なんて知らないし、小説なんて学校の図書館で少し読むくらいだったが、なぜだかとても魅力的に感じた。喉から手が出そうなほどの魅力を放つその小説はまるで私に買って欲しいとでも言っているようだった。でも、私は小説買えるようなお金は持っていない。ただでさえお金がない家庭で小学生がお金なんて持っているわけないと言うのにここ数日母が帰って来ないと来た。食事も学校で食べる給食のみで空腹度は限界を上回っていた。

でも魅力的なオーラに包まれたその小説に私は完全に吸い込まれていた。

気がついたときには私の承認欲求が抑えられなくなっていた。私のパーカーには『純愛 赤井 陸』と書かれた一冊の本が潜んでいた。



ここからが私の人生の始まり。

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影の子 渡邊 こはく @kohaku_589

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