七五鳥 〜サービスエリアに 本・文具 干し物・歌集 旅の半ばで〜

赤岩 渓

ミミズクの移動販売車

「オレンジ色の、ミミズク?」


私がそれと出会ったのは、高速バスの途中休憩で立ち寄ったサービスエリアでのことだった。

構内の桜が三分咲きのこの日、キッチンカーの並ぶエリアの、ちょうど端っこに停まっていた移動販売車の前で、極彩色の鳥は佇んでいた。店といっても、他のようにケバブやフランクフルトなどの食べ物を売りさばいていたわけではない。

売られていたのは本や文房具の数々。それもお土産品というものでもなさそうな、風変わりで高そうなものばかり。はっきり言って、店の並びの中で、いやこのサービスエリアの中では一等浮いていた。

先程建物内で買ったカレーパンをかじりながら、私はその異様な空間を放つ販売車にあ然としていた。なんでここにこんなものが停まっているのかと。

しかし、その異質さにはありきたりな観光性とは違う、なにか刺激のようなものをぴちぴちと感じ、却って興味を惹かれるような、でも少し怖いようなと思いながら、様子をうかがうように見つめていた。



「いらっしゃいお姉さん、ひとり旅かな?」


ミミズクが声をかけてきた。いやいや、ミミズクって話せるのか? 中に電池が入っているなにかなのかな?

突然のことに慌てふためき、食べかけのカレーパンのルーを吹きそうになったとき、二言目をかけられた。

「旅の思い出をしたためるのに、どうですかね、ガラスペン。」

彼が指、いや羽を差した先には、ガラス製の繊細な作りをしたペンが並んでいた。

持ち手の部分がすりガラス状になっていたそのペンは、インクを垂らした水のように透き通った色彩を光として放っており、しかしビーチグラスのような摩耗感によって落ち着いた印象を与えていた。

ペン先は溝のついたねじれ状になっている。私はガラスペンというものを初めてお見かけしたが、おそらくこの溝にインクを溜めて字を書くのだろう。

工芸品として完成度が高い。高いからこそ……。

「予想より、ヒトケタ高い、あ、すみません値段のことを。」

「職人さんの力作だからね。正直、ここでもあまり売れなくてね。」

「やっぱり。」

「お姉さん何が欲しい? これから名古屋まで傷心旅行?」

デリカシーのない発言に少しイラッとしつつも、私は返す。

「違います。退職旅行、とでもいいましょうか。きのう会社をやめて、今日ふらっとバスに乗ってプチ逃避行しているんです。」

少し前までやりがい搾取に悩んでいた、元デザイナーの私の口と行動は、思った以上に軽やかだった。

「そうかあ。まだ始まったばかりなんだ。旅のお供にこちらはどうですかね?」

彼の羽の先で指すもののは…干物ひもの

「たくあん、の干物ですか?」

「ああ、それはちょっと上級者向け、かなり口の中の水分吸われるから。」

そんなハードルの高いものを何故移動販売するのか、正直理解に苦しむ。

「お姉さんには、えーと、ちょっと高いけどこれとかどうかな?」

羽の先で器用に取り出したのは、マンゴーのドライフルーツ。手渡されたパッケージを見て美味しそうと思ったのはつかの間、値札を見て仰天。

「1620円もするじゃないですか!」

「でもね、マンゴーの実一つ分ほぼ丸々の量を干して、旨味を凝縮しているからね。ものなのに食べたらフレッシュ感すごいですよ。」

「うーむ……。」

買うか。ちょうど甘いおつまみが欲しかったし。



「あと長旅のお供に、本をお持ちでしょうか、お姉さん。」

「いや、なんとなくスマホを触ってしまって……充電器につなげながら。」

「……ここに歌集がありますよ。」

「かしゅう?歌を唄うの?」

「短歌の歌集ですよ。」

押し売りか?また不安が増した。

「これもね、さっきのマンゴーの干し物のようなものだから。」

「短歌が、干し物?」

「そう、文字数が少なくて気軽に食べられるけど、蓄積されてきた味が濃縮されたあと、心の中で31音が爆発的に広がっていくような……。」

「濃縮還元セール、みたいな?」

自分でも何言っているのかわからなくなってしまった。完全に暖色ミミズクのペースであった。

「歌集の装丁を凝っている歌人さんも多いから、思い切ってジャケ買いするのもありですよ。」

「じゃあ、この……」


ミミズクが急に声を張り上げた。

「おお、間仁田!遅いじゃないか!」

「すみません、子どもへのお土産で迷ってしまって。」

「まったく、店ほったらかして自分の用事をして。せっかくお客さんがいるんだから!」

良かった、と思ってしまった。どうやらもうひとりの店員さんが来たようだ。白いワイシャツの襟元を緩め、少々くたびれた身なりと顔立ちで現れた彼は、ちゃんと人間の男性だった。

「私のこの羽じゃあ釣り銭つかめないから、頼むよ間仁田さーん。」

「すみません、いまレジの箱を開けますね。」

ミミズクに叱られる中年男性の様子が、不謹慎だが少し可笑しかった。

あ、そういえばバスの時間を忘れていた。早くお会計を済ませないと。

「マンゴーの干し物が1620円と、こちらの本2200円で、3800円になります。」

「間仁田さん、20円お忘れです。」

「はっ! すみません3820円でした!」

退職金が振り込まれるとはいえ、旅の初めに強気な買い物をしてしまったような気がした。

でもその自由さも、これからの人生を生きていく上で必要な気がした。

「ありがとうございます、お姉さん。」

「ありがとうございました。」

1人と1羽に会釈をした私は駐車場に戻り、足柄の木々を背に休憩中のバスのステップを踏んだ。



春、桜を求めて西へ西へと向かうバスの中は意外と人が多く、のんびりとしたあてのない旅を求めていた私にとっては、少しせわしなかった。

気持ちを紛らわすのに、そういえばさっき本を買ったっけと、先程の歌集を引っ張り出した。

『花の影』と題されたその本は、緑のカバーに銀色の金属箔が押されるように刷られており、渋い雰囲気を醸し出していた。

ピンクや黄色の部分がないのに「花」を謳っている、不思議な装丁。枯山水のように心のなかで見出すものなのだろうかと思いながら、表紙をめくる。


<花の影 風魔しのびの 足筋を 湯治したのは いつか 足柄>


先程までいた足柄の歌である。

忍のことはアニメ程度の知識しかないのでよくわからないが、多分これは忍者の歌ではない。

花の影、つまり裏方の者が耐え忍ぶ歌なのだろう。

桜だって花だけでは成立しない。土があり、根っこが張り、幹から枝葉が生えてやっと花が咲く。そんな当たり前のことに気づけないでいた。

表紙の緑色も、おそらくそのことを暗示しているのだろう。

私は慌ててマンゴーを取り出し、一つ頬張った。

先程の歌集のような味わい。


「ちくしょう、あのミミズク。私がやりたかった仕事は、こういうことだったんだよう。」

デザイナーとしての挫折のあと、こうすればよかったんだよといった最適解が別紙で渡された気分に、気ままな女一人旅はもはや崩壊してしまった。

頭も口の中も濃縮還元セールでいっぱいいっぱいになってしまった私は、バスの中で鳴き声を殺すのに必死だった。これは私の問題。私の中で解決しないといけない。でも、涙が出てしまう。それはまるで壊れたポップコーン機のように弾けていた。

ふと、頬になにかの感触があたった。隣の席の老婦人が、自らのハンカチを差し出してくれていた。

(お辛いことあったのでしょうけど、よかったら使ってしまっていいから)

婦人の小声での慰めに甘え、私は声にならない何かを、静かに白いハンカチにぶつけた。

木綿地に広がるいくつもの涙。

この濡れた布地をあのミミズクに見せてやりたい。


「あなたのおかげで、見えなかった壁を壊せましたよ」と。


<終>

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七五鳥 〜サービスエリアに 本・文具 干し物・歌集 旅の半ばで〜 赤岩 渓 @akaiwa_kei

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