18.夜の電話-2

 携帯電話のグループ通話画面に、睦美の名が表示された。


『突然で悪かったな』


 秒と待たずに、睦美が話し出した。


「いいえ、遅くなってごめんなさい」

『敬語はよせって、まぁ、無理はするな』


 電話越しに聞こえた睦美の声は、気まずい間を取り次ごうとするのか、語尾を濁しながらも間延びしている。睦美は自分も部屋で寛いでいると付け加えた。

 学校で話すとは違い、睦美も緊張しているようだ。大輝はホッと胸をなで下ろす。


『大輝って、呼んでも良いか?』

「は、はい」


 誰が耳にしても、若い友人の触れ合いに聞こえたろう。くすぐったいから大輝は頬を緩めて、目をしばたたかせる。


『駄目、ダイちゃん。駄目だよ』


 そこに不機嫌さを隠さない和絃が口をはさんだ。


『またお前か、大輝、気にするな』

『いいや、駄目だね。ダイちゃんの名を親しげに呼ぶとか、いくら睦美でも言語道断だっ』


 大輝は拍子抜けした。和絃は一体何を吠えているのだ。自分との友人関係の縄張りを守りたいのか、大輝を独占する特権は、和絃にだけあるかのように振る舞う。その姿は、恋人のように甘いいじらしさ、とも勘違いしてしまうほどだ。和絃の言葉には威力がある。果たして和絃自身、どこまで自覚があるのか。


「か、和絃、なにもそこまで言わなくても。僕の呼び名なんて今はどうでも良いよ。そもそも和絃がグループ通話しようと誘ってきたのに、睦実さんに失礼だろ」


 日頃の和絃は人に好かれようと、体裁を見繕う。それでも人を見下すような男ではなかった。


『ダイちゃんと話して良いのは俺だけだったんだ。それを睦美は聞いているだけで良いんだよ』


 そこまで言うと、和絃は熱に浮かされた声音で、大輝の名を二度呼んだ。

 大輝は困惑した。携帯電話を持つ手が震えて、手汗で湿る携帯電話が音もなく滑る。毛足の長いラグに落ちた。


『なんだよそれ、和絃ってすごいわがままだと思ってたけどさ、それはやり過ぎだろ。もしかしてお前さ』


 微かにだが、睦美の声がうわずる。通話は切れていなかったようだ。

 大輝がわずかに沈黙を続ける中、むこうの二人は気がついていないようで、言い合いを継続していた。太輝に意識が向かっていないだけかもしれない。

 大輝はベッドから起き上がり、狭い室内の四方に視線を見やる。急に目頭が熱くなる。


『和絃って、大輝のこと――』


 音をスピーカーにしていなかったから、睦美が最後何を話したのか聞き取れなかった。

 和絃とふたりだけで話して、それを睦美は耳に留めておくだけの傍観者でいろ。傲岸不遜も甚だしい。わがままを言う和絃の態度に、大輝ですら眉をひそめた。


 どうしてだ。なぜ彼はこうも、太輝が誰かと関わることに抵抗を示すのだ。これではまるで――。

 思考を巡らせていた大輝は、冴えた思考で足下の携帯電話を捉える。

 そういえば、和絃からのメッセージを確認していなかった。途切れ途切れな会話音のみが聞こえてくる画面には、アイコンが三つ並んでいる。体をかがみ込み、携帯電話を掴み上げた。メッセージを見るべく、恐る恐る操作を始めた。

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