もてぬひと

星 太一

『戯曲三昧』「もてぬひと」

〈配役〉


 T:Mと同じ部屋に住む男。Mとは友人で長い付き合い。兎に角モテたい。

 M:上の文を見てください。常識人っぽいが「ぽい」だけ。俺もモテたい。


 * * *


 舞台明転。

 アパートの一室。

 舞台向かって左でTが鬼の形相でスクワットしている。


 そこにMが帰ってくる。

 ちょっと驚くが少しの間スクワットを頑張る彼を眺めた後、彼の肩に手をかけスクワットが下がり切っていないTにもっと下がるよう無言で(物理的に)圧をかける。

T「う、うう、ううううう」

M「ほら。下まで下げないと」

T「うううう、ううううううううー!」

M「効果ないんだぞ」

T「ううううううううー!! ああっ! もうだめだぁ」

 T、ばたっと崩れるように倒れる。

T「あぁ、明日は筋肉痛だぁ」

M「いやお前の場合は明日じゃねぇだろ」

T「え?」

M「明々後日しあさって

T「あぁー、地味にリアルー」

 その隣にM、よっこいしょとあぐらをかく。Tも上体を起こす。

M「筋トレ?」

T「そう。や、ね。聞いたんだけどさ、最近は筋トレしてムキムキのポジティブマッチョマンがモテるらしいんだよね! だから、俺も! こうやって、マッチョマンに、なろう! って、思ってさ!」

M「ふぅん――ん?」

 一度は軽く流しそうになったがすぐに怪訝な顔をして、またスクワットを始めたTの方を向く。

M「えぇっ!?」

T「……ん?」

M「え、え、ちょ、待て待て待て」

T「ん? どした?」

M「え。あの、本気?」

T「あぁ? 本気に決まってるだろ」

M「え、そうは言ってもお前……」

 ここでちょっと溜める。

M「三日前ぐらいに恋愛はしないって言ってたじゃん」

T「……、……。ん。言ったっけ」

M「言ったよー! 俺が家の前にマブイ女来てるから見に行こうぜって言った時――」

 言った瞬間ごろりと横になって

M「んえー? 興味ないよぉ。俺、女キライだもんー。恋愛なんてぇ、めぇーんどぉくさぁーいしぃー。ほじほじ」

 鼻をほじる真似。

M「――って言ってたじゃねぇか!」

T「言ってねぇよぉ!」

M「いや、確かに言った」

T「いや、言ってないね」

M「ついでに言うと鼻くそも食ってた」

T「それは……食……って、たかもしれないけどぉ!」

M「食ってたんじゃねぇか」

T「それとこれとは話が別だろぉ!?」

M「それにお前ぇ、そういえば六日前には筋トレも面倒臭いって言ってたよな」

T「言ってねぇよぉ!」

M「九日前には歩くのも面倒臭いって言ってたし」

T「言ってないー!」

M「何ならお前、そもそも何もかもがめんどくさすぎるからって入居してから一度も外に出てないじゃねぇか! ……それも十二年」

T「だぁーって出れないんだもんんんー」

 またばたっと崩れるように倒れたTに哀れみの目を向ける。

M「動きたくないもんなー」

T「あぁー、働きたくないでござるー」

M「ははぁー! 超不健康優良児ぃー」

T「あぁー、地味に刺さるー」

M「ははぁー! この不健康な腹がぁー」

 今だ倒れたままのTの腹を人差し指でぷすぷす突く。

T「あぁー、物理的に刺さってるぅ」

M「ま、良いや。どうせまた三日坊主だろうし、このままだと話が進まねぇし」

T「ん?」

M「束の間でも超不健康優良児が健康のために筋トレ頑張るって言ってんだ。俺は応援するよ」

T「モテるためだよ」

M「ああそうだった、動機は不純なんだった」

T「不純なんかじゃねぇよぉ!」

M「で? Tは何目指してんの。ボディービルダー? ジムトレーナー?」

T「ウイリアム・バー○ン」

M「何目指してんだよ!」

T「ちなみに第二形態あたりが良い」

M「だから何目指してんだってば!」

T「いいぜぇ? あの右腕」

M「それ言うなら第一形態だろ?」

T「まだ意識ギリギリ保ってるし」

M「だからそれも第一形態」

T「キャーキャー言われて」

M「それは悲鳴だよ」

T「きわめつけにはロケットランチャーぶち込まれても簡単には死なない」

M「それは第五――伝わらねぇんだよぉ!!」

 暫く見つめ合う。気まずい空気をだして。

T「あれ、駄目かな」

M「駄目に決まってんだろ、誰狙いだよ」

T「マニア」

M「コスプレやってんじゃねぇんだぞ」 

T「うーん。格好いいと思ったんだけどなぁ」

M「だからその……もっと、そっちの、剥き出しの方じゃなくてさ。もっと……あの、女子ウケする方を狙っていかないと」

T「例えば?」

M「例えばー……ほら、ダンベル」

T「え?」

M「こーいう形をしてる重ったいのをさ。こーやって両手に持ったり片手に持ったりしてこーやって運動するんだよ」

 M、やり真似で実践。キメ顔決めながら。

T「……で? それで何の効果があるの?」

M「これ重たいからさ。良い負荷がかかって腕に筋肉付いたりするんだよ。多分」

T「へえー。重さは?」

M「色々あるらしいよ? 一キロだ五キロだみたいな比較的軽めの物から、二十キロだ四十キロだみたいなスポーツ選手向けの物まで」

T「えぇー!? 重過ぎだよぉ、持てないよぉ!」

M「や、それが一キロ以下の物もあるらしくって」

T「や。それも無理」

M「なんだよ、たった五百グラムくらいだぜ?」

T「それが重すぎるんだって。ミジンコ持ち上げて骨が折れた男だぞ?」

M「じゃあお前は今どうやって生活してるんだよ!」

T「お前に扶養してもらって生活してるんだよ!」

M「偉そうにいう事じゃねぇだろ!!」

T「あーむりぃー! 楽してムキムキになりたいぃー! やだやだ働けないー、アリンコ持ったら肉離れするー!」

 子どもっぽくごろごろ転がる。M、哀れみの目。

 暫くして止まる。

T「あぁー、視線が刺さってる気配がするー」

 起き上がる。

M「じゃあさ。簡単な所から始めようよ」

T「簡単な所って? ドーピング?」

M「違反だよ。じゃなくってさ、ほら。外出て歩くとか、お日様浴びてラジオ体操とかランニングとか!」

T「えー? 無理だよ出来ないよぉ」

M「でーきーるって! 十二年ぶりに外出るだけだぜ?」

T「駄目だよ無理だよ出来ないよぉ」

M「でーきーる! 今家の中でやってるのをそっくり外でやるだけだぜ?」

T「出来ないってばぁ。――だって俺地縛霊だもん!!」

 Tの発言を受け、M、突然固まる。

 ここで無駄に長い時間使ってみても良い。

M「あ、あれ……? そう、だっ、たっけ」

T「そうだよ。お前、浮遊霊だから忘れてただろ!」

M「あ、いっけね。そうだったかも」

T「ったく、相変わらず記憶力が無いんだから」

M「仕方ねぇだろ!? 定まった所に居れない代わりに同居人があと十三人もいるんだから」

T「……十三人も養ってるのか」

M「おかげで貯金だけは一円もないね」

 またキメ顔を決める。

M「ただ……そうすると、ちょっと気になることがあってさ」

T「何?」

M「お前……出会いの方はどうするの」

T「……、……ん?」

M「女の子との出会いだよ。仮にお前に何らかの奇跡が起こってさ」

T「うん」

M「お前のいう、筋トレしてムキムキのポジティブマッチョマンに無事なれたとするだろ?」

T「うん」

M「で、その仕上がった体をどうやって女子に見せる気なんだよ」

T「どうって――」

 ここでT、説明しようとした開けた口を更に大きく縦に開けてショックの表情。

M「っていうかダンベルもそういや霊体は持てないしな」

T「アアッ」

M「生卵とかササミ食っても床に落ちちゃうだろ?」

T「ひゃうんっ!」

M「なんならそもそも死後の人間に筋肉はつかない」

T「ヒャアアアーッ!」

 そこまで聞いてばたっと仰向けに倒れる。

T「意識、不明」

M「元からだろ」

 M、哀れみの眼差し。

T「俺……やっぱ駄目なのかな」

M「ああ。俺達色んな意味でからな」


 暗転。


(おわり)

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