第11話 働かないと

 セレーナは午前中にエリントン家に向かい、全員の健康観察を済ませた。ジュリアンの刺し傷はきれいに治り、時間のあるときに魔法について教えている。

 商会の方へ向かい、アランに声をかけると、早めの昼休みにするらしい。アランの肩と首のマッサージをしながら、おしゃべりに付き合っていた。

「ダリウスは古い付き合いでね。本当によかったよ。」

「父さん、また、その話?」

 レオルドも仕事の手を止めてやってきた。

「うまく行けば、今日、すべて取り除けるかと思っています。」

「それなら、よかった。ダリウスおじさんにも結婚式に来てもらえるね。」

 レオルドとエマの仲は深まったらしく、もう少しで結婚も決まるのではないかという感じだ。

「君にお願いしてよかったよ。ところで、セレーナ、君は成人しているのだよね?」

「はい。成人しております。」

 アランが何を言いたいのかわからず、セレーナはとりあえず微笑んだ。

「成人しているのなら、恋人や婚約者がいても問題ないわけだ。」

 成人前だとしても問題ないのだが、何故確認されているのだろうか?

「セレーナなら、引く手数多だろ?どんな男が好みなんだ?」

「え?好みですか?」

 レオルドも笑顔でセレーナの答えを促す。

「あの、結婚は元より、恋人も作るつもりはありませんでした。借金が残っているので。」

「そんなに多い借金ではないのだろう?それくらい、君のことを好きになった男なら、すぐにでも払うだろう。」

「そんな!?借金はうちの問題です。迷惑はかけられません。」

「君にはそれだけの価値があるってことだよ。すぐって訳じゃないんだ。探しておいてあげるから、好みだけでも言ってくれ。」

「好みですか?」

 セレーナは考えてみたのだが、どう考えてもマークの姿しか思い浮かばなかった。悩んだ振りをして、「考えたことが無かったので、そのときが来たらお願いします」と、その話を流すことにした。頬を赤らめて誤魔化したセレーナの様子を、アランは微笑ましそうに見守っていたのだが、そんなことには気がつかなかった。

「では、必ずだよ。それから、ダリウスが回復することをよく思わない輩がいるから、気を付けるように。帰りは必ず、マークに送ってもらんだ。」

 肩に感じるセレーナの魔力が、大きく揺れている。かなり動揺しているのだろう。

 顔を赤くし俯いてしまったセレーナの様子に、アランは嬉しそうに目を細めた。




 セレーナは、ハワード家にやってきてからも、マークの姿が頭にちらついて仕方がなかった。

 "別に、私は好きじゃないわよね"

 借金がある以上、恋人を作るつもりはない。自分に言い聞かせた。

 気持ちを切り替えるために大きな魔石をもらい、身代わり石もどきを作ることにした。

 ダリウスのところに行き、取り憑かれたように呪いを処置し、すべて取り出してしまった。

 マークが帰ってきたときには、肩には何の後も残っていない父と、疲れてぐったりとしたセレーナの姿があった。

「今日は少し様子がおかしかったんだ。マーク、付き添ってやってくれ。休憩してから帰らせて欲しい。明日も体調管理のために来てくれるんだろ?夕飯は快気祝いだから、食べていってくれよ。」

 好きではないと言い聞かせているのに、隣にいられたらマークの顔ばかり見てしまう。

 "私ったらダメね。借金を返すことを考えるのよ"

「少し休んでから帰るかい?」

「いえ、今日はこのまま帰ります。」

 即答した。

 "一人になって、頭を冷やしたいわ"




 次の日の夕飯は、ハワード家の家族とセレーナだけの簡単なパーティだった。

 ダリウスは普通の病気と違い、筋力が落ちている以外はほぼ元通りだ。アランに借りた借金を返すために事業を始めるという。

「セレーナさんをうちでも雇いたいんだが、どうだろう?もちろんアランには話を通してあるよ。」

 まず、魔道具工房を始めるという。時間があるときに、魔道具を改造していたのを知っていたからだ。セレーナとしては、治療にお金がかかっているから、少しでも燃料代を少なくしようと思っただけなのだが。

 それとは別に呪い治療専門医をこっそり開業するという。

 国内には、ブラックウルフのような魔物はいないのに、呪いにかかる者はいるらしい。呪いの魔道具や、呪術師の取り締まりを強化していても、どうしても漏れがあるという。

 ただ、悪事を企む輩にとっては目障りだ。こっそりと見つからないようにするのだと。

 セレーナは、ハワード家で勤めることを了承した。




 友人を招いての大きなパーティが行われた。治療に協力してくれた者を呼んだので、多くは騎士を引退した者だ。セレーナもマークの隣で、テーブルを囲むことになった。

「マークもダリウスと同じで騎士なんだ。この前、我が家にも派遣されてきてお世話になったんだよ。派遣を要請しに行ったときに、出世頭だと聞いたぞ。」

「いえ、私なんて、魔力量だけ多くて、上手く扱えないのです。」

 マークが残念そうな顔でいう。

「魔力量が多いと、細かい操作が大変だと聞くよね。あっ、そうだ!セレーナに教えてもらえばいいじゃないか。うちのジュリアンも魔法が一つ使えるようになったんだ。カミラも加熱の魔法が使えていたなぁ~。」

 それに食いついたのは初老の男性だ。

「セレーナさんにですか!?それは、羨ましいですな~。私も若かったら先生をお願いしたいところですよ。」

「お前は魔法がうまかっただろ?」

「ダリウスには負けるさ!」

 引退した騎士達は、昔の話も魔法の話も好きらしく盛り上がり始める。

 マークは悩んでいた。セレーナに先生をお願いすれば、二人きりになれる。しかし、彼女のことが可愛くてしょうがないのに、師として見ることは難しそうであった。

「自分でも練習するので、たまに見ていただいてもいいですか?」

 セレーナもマークと二人で魔法の話が出来るのを楽しそうだと思った。

「えぇ、わたくしでよければ、喜んで。」

 マークは、セレーナばかりに構っていたかったが、今日は言わなければならないことがあった。

「せっかくの祝いの席に水を差すようで恐縮ですが、貴族派の動きが活発になっています。皆さん十分に気を付けてください。」

「あぁ、もしもの時は騎士にお願いするよ。」

「本部に来ていただければ、派遣することも出来ますので。」

 楽しげな食事会だったが、貴族派の話で気持ちを引き締めて帰ることになった。

 その後、騎士は見回りを強化した。




 マークはウィルとの見回り中、エリントン家の付近を彷徨く怪しい男を目撃した。目から下を布で隠している。

 屋敷に寄って、執事のフレディに注意を促す。

「我々も、もう一度見回ってから帰りますので、お気をつけて。」

 玄関に向かう途中、セレーナと会った。

「あら?マーク様とウィル様、今日はどうされたのですか?」

 マークは、セレーナの様子を面白く思う。しっかりモードのセレーナも可愛い。

「近くで怪しい男を見たからね。セレーナも気を付けるんだよ。」

「そうなのですね。わかりましたわ。」 

 セレーナは、最近忙しそうであまり会えていなかったマークの顔が見れて、頬が緩むのを感じていた。

「セレーナちゃん、久しぶりだね~。美味しいケーキ屋さんを発見したんだけど一緒に行かないかい?マークも一緒に。」

 いつものウィルの態度に笑いそうになったが、『マーク』と言われて、マークの顔を凝視する。顔が熱くなってくるのを感じた。

「・・・!?」

 ウィルの声が呆れている。

「こっちもかい……。」

「俺は違う!お前がだと思って、だな!」

 こそこそと二人で言い合っているが、セレーナはマークの顔から目が離せないでいた。

「二人で行ってくればいいよ。俺も付き合ってあげてもいいけど!またね~。」

 ウィルはマークを引っ張って、連れていってしまった。

 "動揺している場合じゃないわ。しっかり働かないと!こんなときは何かに集中するのが一番ね"

 ハワード家に向かい、ダリウスが雇った魔道具師と魔道具談義に集中することにした。

 マークはいつもより遅く帰ってきた。そこには、疲れきった顔でセレーナの話に付き合う魔道具師の姿があった。魔道具師はマークの顔を見つけると、明らかに助けを求める顔をしていた。

 セレーナはマークが家まで送っていくことになったのだが、魔道具師はセレーナから少しでも逃れようと、次の日から屋敷の一室に作った工房に籠ってしまった。セレーナ発案の魔道具を早く作りたいというのが表だった理由だが、本当の理由はマークの目が怖かったからなのだ。ただ、工房は、屋敷の一部屋である。籠ったとしても、セレーナがやってくるのは防げなかった。


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