筋肉奉納の奇跡
石野二番
第1話
磨須留神群(まするしんぐん)。そう呼ばれ奉られて幾星霜。我らは常に己を磨き上げんとする者とともにある。
会場が割れんばかりの拍手と喝采に迎えられ、次々と筋肉自慢たちが入場する。男性が多いが女性もいないわけではない。今日は年に一度の筋肉奉納の日。国中、いや世界中から己の筋肉こそ至高であると示すためにマッスルたちが集まっていた。
しかし、俺の気持ちは冷めていた。会場を満たす熱気も俺の筋繊維には届かない。理由は簡単だ。俺が敗北者だからだ。
昨年、俺は無理なトレーニングに起因するケガによって奉納に出られなかった。奉納に参加できるのは一人一度だけ。それも年齢制限がある。俺は筋トレに目覚めるのが周りのみんなより遅くて、昨年が最初で最後のチャンスだった。それなのに。
ステージ上で参加者が思い思いのポーズをとって笑顔を見せている。そのポージングはどれも自らの筋肉が一番きれいに見えるよう計算しつくされたものだった。本当は俺もあんな風に……。
全ての参加者のアピールタイムが終わった。この後は観客の投票により今年のベスト・オブ・マッスルが選出される。
その時、急に会場の明かりが消えた。真っ暗な中観客のざわめきだけが響く。
「ンンンンンムァァァァッソォォォォゥ!!!」
会場内に雄たけびが響きわたり、会場に明るい光に包まれる。明かりが戻ったのではない。ステージの中心に現れた何者か。その身体が輝いていた。
光に目が慣れていくにつれて、その姿も鮮明になっていく。ステージに現れたのは、五つの人影だった。均整の取れた全く無駄のない身体つき。それはまさしくマッスルとしか言いようがない。
「我々は磨須留神群。あなたたちの奉る神です」
厳かな声がした。決して声を張り上げたりはしていないのに、その声はよく通り客席の端にいる俺でも聞き取ることが出来た。
「今日は我々の仲間を迎えに参りました。今から名を呼ぶので、呼ばれた者は前へ」
神群を名乗る者たちはポーズを変えながら言った。
「ジェニファー・ロウ」
最初に呼ばれたのは女性の名だった。名を呼ばれた女性は嬉し涙だろうか、目元を潤ませ口元を抑えながら神群の元へ進んでいく
その後も三人の名が呼ばれた。ミナモト・スグル、ジオ・マクスウェル、サッサ・ハイセ。神に選ばれるなどこの上ない名誉。断る者などいやしない。名を呼ばれた誰もが入場の時以上の拍手と喝采を受けながら神の前に進んだ。
「次で最後です」
そう言った神はそれまでのポージングを解き、直立不動となった。会場内が一気に静かになる。誰かが息をのむ気配がした。
五柱のうち、真ん中に立っていた神がすっと指さした。その先にいたのは。
「……俺?」
神の指は俺を示していた。
「そう。あなたです」
まさか観客席から選ばれるとは誰も思っていなかったようで、場内の反応が一瞬遅れた。
「待ってくれ!俺は参加者じゃないし、選ばれる資格なんて」
「いいえ。我々はあなたのこともちゃんと見ていました。前回の奉納のために自分を磨き上げていた。参加が叶わなくなっても、腐ることなく鍛錬を続けた。あなたは心も身体も間違いなくマッスルです」
一筋、涙がこぼれた。報われた、そして救われた気がした。俺の隣にいた観客が背中を叩く。俺は一歩、また一歩と神の前に進んだ。それを会場の全員が拍手で見送った。
目の前、視界いっぱいに広がる神の筋肉はどこまでも力強く、優しかった。
「さぁ、あなたの名前を聞かせて下さい」
神の声に自分の筋肉が呼応するのを感じた。俺は上着を脱ぎ捨て、本来なら昨年披露するはずだった渾身のポーズを取って名乗った。
「俺はムラカミ。ムラカミ・タカシです!」
会場が何度目かの喝采に包まれた。気が付けば、名前を呼ばれた者も呼ばれなかった者もみなポーズを取っていた。
「それでは、我々は帰ります。みなさん!新たに磨須留神群に加わったこのマッスルたちにもう一度大きな拍手を!」
最後に神々がポーズを取った。降臨した神々と新たに選ばれた神となる者たちへの拍手は、彼らが光の中に消えるまで鳴り響き続けた。
筋肉奉納の奇跡 石野二番 @ishino2nd
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