女神（めがみ）様の筋肉

女神（めがみ）様の筋肉

　初（はじ）めてジムで会った時、私は彼女を女神（めがみ）様だと思った。アルテミスやディアナといった、狩猟（しゅりょう）の女神様。そういった存在が地上に顕現（けんげん）したのだと。

　私は常々（つねづね）、少（・）し（・）の贅肉（ぜいにく）が気になっていて（太（ふと）っては居（い）ない！）。それで軽い気持ちで近所のジムに立ち寄ってみて、そこで彼女に出会った。早い話が一目（ひとめ）惚（ぼ）れで、自分でも驚（おどろ）いたのだが、私が魅了（みりょう）された点は引き締まった彼女の肉体であった。

　私は自分を筋肉フェチだとは思っていないが、きっと女神様への憧（あこが）れというものは持っていたのだろう。子供の頃に読んだ神話（しんわ）の本。その中に出てきた、潔癖（けっぺき）に生きる力強（ちからづよ）い狩猟（しゅりょう）の女神（めがみ）。絵画（かいが）で観（み）た、女性らしさを残しながらも逞（たくま）しい手や足、お腹（なか）や背中（せなか）、そして脇腹（わきばら）。どんなに私が努力をしても辿（たど）り着（つ）けない、そのプロポーションを彼女は所持していた。

　幸（さいわ）い、話しかけてみると、私と彼女の相性（あいしょう）は良くて。あっという間（ま）に同棲（どうせい）を始める事となった。そして夜、家の中で私は彼女の肉体を堪能（たんのう）している。

「ほら、もう大丈夫（だいじょうぶ）よ。虫は退治（たいじ）したから」

　私の腕（うで）の中で、ぶるぶると震（ふる）えて怯（おび）えている彼女に、そう教える。潔癖（けっぺき）な彼女は昆虫（こんちゅう）が怖いようで、神話に出てきた狩猟（しゅりょう）の女神様も、虫は怖かったのかも知れないなぁと私は思った。

「も、もう少しだけ、このままで居（い）させて。貴女（あなた）の腕（うで）の中って、落（お）ち着（つ）くの……」

　私の女神様が、可愛（かわい）い事を言ってくる。私は一目（ひとめ）惚（ぼ）れをした彼女の肉体をさすってあげて、今は彼女の内面も深く愛しているのだと自覚（じかく）する。

「……私、貴女の体（からだ）つきが好き……ギリシャ神話の大地母（デメテ）神（ル）みたい……」

　私と同様に、彼女も神話の女神様が好きだった。そして好（この）みは、私と正反対。彼女は贅肉（ぜいにく）がある私の肉体を愛していて、「もうジムなんか行かないで」と請（こ）われたので、既（すで）に私は筋肉の獲得（かくとく）を諦（あきら）めている。こんな私でも彼女を愛していいのだ。私は彼女を抱（だ）く、自（みずか）らの太（ふと）ましい腕（うで）を見ながら幸せを噛（か）みしめた。