18 はじめてのキス
18 はじめてのキス
「シンラ様? 誰それ?」「にゃっ?」
そっくりな双子のように、ミックとロックは小首をかしげる。
「あ……いや、なんでもないの。変なこと聞いてごめんね」
そんなわけはない、そんなわけはなかった。
この世界では、人間が生まれ変わるという概念、いわゆる転生というものは存在していない。
シンラは独自の研究でミックへの転生を成し遂げていたが、正体をバラすつもりは毛頭なかった。
なぜならば、ふたつの理由のためだ。
まずひとつ目の理由は、シンラが独自開発した転生術を秘匿とするため。
もしこの転生術を時の権力者たちが知ったら、己が野望のために利用しようとするのは間違いない。
転生術というのは輪廻の法則をねじ曲げるような行為なので、世界に及ぼす影響は計り知れないからだ。
そしてもうひとつの理由は、もっと切実であった。
今でこそ子供のミックであるが、その前身はさえないオッサンである。
そのためシンラであることがバレたら最後、世間がミックを見る目はさえないオッサンと同じになってしまうだろう。
そうなった時点で、嫁さがしの旅はジ・エンド。
ミックはとぼけ通すつもりでいたが、ミライはあきらめきれずにさらに食い下がった。
ポケットから、思い出の子供用ゴーグルを取りだす。
「これ、あげる。ロックくんはゴーグルを持ってるけど、ミックくんは持ってないみたいだから、ちょうどいいでしょ?」
「えっ、いいの? ありがとう! フライングライダーに乗ってたとき、ゴーグルが欲しいなって思ってたんだ!」
ミックは前世でミライにゴーグルをあげたことなどすっかり忘れていたので、ナチュラルに喜ぶ。
――あれ? このゴーグルを見せたら、なにか反応があるかと思ったのに……?
やっぱりミックくんは、シンラ様じゃないのかな……?
拍子抜けしたようなミライをよそに、ミックは宝箱に引っ込む。
全財産の子供用のリュックサックを取り出すと、脇にあるポケットから、あるものを取りだしていた。
「じゃあ、お返しにこれあげる!」
それは、指輪だった。
――!
宝石のように、ミライの瞳が輝いた。
「あ……ありが……とう!」
――やっぱりミックくんは、シンラ様だった……!
あの時の約束を、覚えててくれたんだ……!
指輪の交換は、感謝の気持ちだけじゃない……!
そう、結婚の約束……!
両手で受け取ったそれを、しっかりと胸に抱くミライ。
その瞳には、涙が滲んでいた。
「ありがとう……! 本当にありがとう、ミックくん……!」
「どういたしまして、売るとけっこういいお金になると思うよ」
「えっ」
急速に乾く涙。
よく見ると、リュックサックのポケットには指輪が山盛りで入っていた。
「なんで……そんなに指輪をたくさん持ってるの……?」
「実は僕、お嫁さんを探すための旅をしてるんだ」
「えっ」
「ずっとひとりぼっちだったから、この宝箱にいっしょに住んでくれる人を探す旅をしてるんだ。まぁ、まだ始めたばっかりだけど……それで、旅先にいい人がいたら、とりあえずこの指輪を渡そうと思って。そしたら、ひとりくらいはお嫁さんになってくれそうじゃない?」
ミックは無邪気にそう言うが、言われたミライの心情は複雑であった。
シンラは前世では絶世の非モテであったが、その理由がこのあたりにあるといってもいい。
女性に対しては、どこまでも鈍感で無神経。
「あと、お金のかわりにもなるしね」
そしてこのウインク。
ミライはこの指輪が、現金のかわりとして渡されたものなのか、それとも嫁候補として渡されたものなのか、判別しきれずにいた。
しかし今は、それでもいいかなと思う。
――わたしはずっと、シンラ様のお嫁さんになりたいと思ってた……。
シンラ様のそばにいたら、あの時みたいなドキドキワクワクする冒険ができるんじゃないかって思ったから……。
その夢は今日、半分だけ叶った……。
ミックくんと出会ってから、ドキドキワクワクしっぱなしだった……。
あっ……もしかしたら……。
ミックくんは、わたしにこう言いたいのかな……。
ミライは指輪を握り締めると、まっすぐな瞳で応える。
「わたし、素敵な女の子になってみせる……! ミックくんが大きくなるまでに……! そしたら、迎えにきてくれるよね……?」
ミックはミライの返事を勘違いする。
アルテッツアの王都に行った際に、また会いたいから迎えに来てほしいと言っているのだと思い、大いに頷いた。
「うん! 行くよ、必ず!」
微笑み返すと、甘い香りが覆い被さってくる。
少年の頬には、少女の柔らかな唇が触れていた。
ファンファーレが吹きわたり、恥じらうように青いじゅうたんが揺れる。
キョトンとする少年に、少女ははにかみ笑顔で背を向けた。
「じゃあ……またね!」
少女はフライングライダーを持ち上げると、そのまま草原を走り、風とひとつになるように飛び去っていく。
少年は頬を押さえたまま、その後ろ姿を見送っていた。
しばらくそうしていると、隣にいた相棒にぷにっと頬を押される。
「にゃっ」
「あ……ごめんごめん、ちょっとボーッとしちゃってた。じゃあ、僕らもそろそろ行こっか」
「にゃっ」
「それじゃあ、お嫁さんさがしの旅、さいかーいっ!」
颯爽と立ち上がるミックとロック。
そして、一度だけ振り返る。
遥か遠くには、城のようにそびえる岩山があった。
「……もう、こんな所まで遠くまで来ちゃったのか……」
「にゃっ」
「え? まだ全然だって? そうかなぁ、僕はもう外国に来たような気分だよ」
「にゃにゃっ」
「このあたりは庭みたいなもんだって? そっか、じゃあ頼りにしてるよ!」
「にゃっ」
「だから先に行くって? いや、僕に行かせてよ。僕にとっては初めての一歩なんだから」
「いーにゃ」
「それじゃあ、いっしょに行くってのはどう? せーので足を踏み出すんだよ」
「にゃっ」
「本当にわかってる? ズルしちゃダメだからね? ふたりいっしょだからね?」
「にゃっ!」
「よーし、それじゃあいくよ! せーのっ!」
ふたりは新たなる一歩を踏み出した。
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