04 ゴブリン軍団襲来
04 ゴブリン軍団襲来
ミックにとって、ロックとは前世からの付き合いで、今まで心理的な支えとなっていた。
しかし今のこの瞬間ほど、ロックがいて良かったと思ったことはない。
「あ……ありがとう……ロックっ! ロックぅぅぅ~っ!!」
命の恩人に半泣きで手を伸ばすミック。
前世では軽々と抱っこできていたが、ピクシー族の身体だとロックと同じくらいの大きさなので、大型犬のように感じた。
ロックは毛づくろいのついでのように、ミックの頬をザリザリと舐めてくれる。
痛がるミックをおかまいなしに舐めたあと、抗議するようにウニャウニャと鳴いた。
「え? 僕についてくるつもりだったの?」
「うにゃ!」
「準備をしてたのに置いてくなんてひどいって?」
「うにゃ!」
「でも、家にいるほうが快適だよ? 魔術でぬくぬくだし、お腹もぺこぺこにならないし、寝なくてもへとへとにならないし」
「うーにゃ!」
ミックはロックの言うことはだいたいわかる。
ロックはひとしきり文句を垂れたあと、ミックの腕から離れ、ゴブリンの死体の傍らに置いていた棒を咥えた。
それは伸縮式の小さい釣り竿で、釣り糸の先には派手な色の疑似餌が付いている。
「お気に入りのオモチャを持ってきたってことは……。やっぱり、僕といっしょに来てくれるんだね!」
「ふにゃ!」
釣り竿を咥えたまま、ピョンと宝箱に飛び込んでくるロック。
新居にはじめてのお客さん、そしてはじめてのペットが入るとファンファーレが鳴る。
壁のメッセージは、レベルアップの報せだけではなかった。
『ミニマルを仲間にしたことで、新しいスキルが解放されました!』
その文言を目にしたミックは大切なことを思いだしていた。
「あ、そうだ、忘れてた。宝箱にミニマルを入れると、そのミニマルに応じたスキルが増えるんだった。どれどれ……」
さっそく増えたスキルを確認してみると、それは『忍び足』。
こっそり歩くと足音がしなくなるという、ネコ科のロックらしい効果だった。
「これはいいスキルかも。ちょうど、歩くと音が鳴るのが気になってたんだよね。ありがとう、ロック」
ペアダンスのように手を繋いで立っていたロックのアゴを撫でてやると、目を細めてゴロゴロと喉を鳴らす。
このままモフモフタイムに入りかけたが、無粋なダミ声が外から割り込んでくる。
「ギャッ!? なんだあれ!?」
「宝箱じゃねぇか!?」
「なんでこんな所に宝箱があるんだ!?」
フタの隙間からそっと外を覗いてみると、遠方におびただしい数のゴブリンたちがいた。
まるで行軍しているようなその集団に、ミックは思わず驚愕の声を漏らしてしまう。
「ええっ!? 100……いや、200匹はいるぞ!? なんであんなに大量のゴブリンが!?」
シンラは住居のまわりにモンスターを拒絶する設備を整えていた。
モンスターが棲みつくと必然的に人間も集まってくるので、この山頂付近には複数のゴーレムを配置して定期的にパトロールさせている。
ゴーレムとは土や岩でできた人形のことで、魔術によって持ち主の言うとおりに動くという人造系のモンスターの一種。
シンラが手がけたゴーレムは機怪仕掛けのテクノロジーが導入されているため、通常のゴーレムよりもパワーと耐久性があり、複雑な命令も難なくこなせる。
もしここにいたら、パンチ一発でゴブリンたちを丸ごと山の麓までブッ飛ばしてくれたことだろう。
宝箱の間近で倒れているゴブリンが目に入り、ミックはハッとなった。
「そうか、わかったぞ。あのゴブリンたちは引っ越しの最中で、このゴブリンは群れの斥候だったんだ」
警備の機怪ゴーレムが見つけてくれれば根絶やしにできるだろうが、今それは期待できそうもない。
一難去ったところでまた一難、いや、今のミックにとっては50難に相当するだろう。
ミックは隣に視線を移す。宝箱のフチに前足を掛け、つかまり立ちをするように外を眺めていたロックを見ながら考えた。
――ロックは今の僕よりずっと強いけど、200匹のゴブリンを相手にするのは無理だろう。
それにあれだけの大軍団となると、他のモンスターが後続としている可能性も考えられる。
となると、ここでの最善策は…………
「ロック、逃げるのを手伝って! ふたりでいっしょに走るんだ!」
「にゃっ!」
ミックとロックは頷きあうと、スワンボートで流されそうな人みたいにしゃかりきに足を動かす。
ゴブリンたちの驚愕の声を背後で聞きながら。
「あっ、宝箱が動いたぞ!?」
「ってことはミミックか!?」
「いや、あんなにすばしっこく動くミミックなんていねぇだろ!?」
「見ろ! なんか宝箱の底から足みたいなのが出てるぞ!」
「ほんとだ!? 人間のガキみてぇな足と、毛むくじゃらの動物みてぇな足が出てやがる!」
「すげぇちょこまか動いてるぞ!?」
「ってお前ら、なにボーッとしてんだ! ミミックといやぁお宝だろうが、さっさと追いかけるぞ!」
「引っ越し早々幸先いいな! お宝ゲットだぜーっ!」
「うぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
蛮声と地鳴りのような足音が追い立ててくる。
ミックは汗びっしょりになりながら、頭をフル回転させていた。
――あの集団を走って振り切るのは無理だっ!
どこかに隠れる場所は……!?
……いや、ダメだ! ゴブリンの中には、夜目や鼻が利くヤツがいる!
暗がりとか物陰に隠れても、すぐに見つかっちゃうよ!
なにか、なにかいい手は……!?
あ、そうだ、スキルポイントがあったんだ! 『施錠』スキルをゲットすれば……!
いや、これだけの数がいたら宝箱ごと破壊されちゃう!
ミックは起死回生のアイデアを、新しいスキルに求めた。
壁のステータスウインドウに触れ、この場を打開できるスキルがないか必死になって探す。
しかし走る振動と、焦りで震える手つきでままならない。
――こ、このスキルなら、もしかしたら……!?
いや、いくらなんでも……!?
でも、もう考えてるヒマなんてないっ! ええいっ、ままよ!
いちかばちかでスキルを取得すると、ミックとロックは足を踏ん張り、ずざざーっと止まる。
すると、すでに手を伸ばせば届く距離まで迫っていたゴブリンたちも急ブレーキをかけた。
もうもうとあがる土煙のなかで、宝箱はゆっくりと振り向く。
もう逃げも隠れもしないといった堂々とした風情で、その場に座り込むようにして足が引っ込む。
砂塵がおさまり視界が晴れると、宝箱の全容がハッキリと見える。
宝箱は、なんの変哲もない普通の宝箱だった。
ただ、普通の宝箱にあるはずの鍵穴が無い。
かわりにはそこにはプレートがあって、こう書かれている。
『からっぽ』
その文字を読んだ瞬間、ゴブリンたちは誰もが目を剥いていた。
「なっ……なにぃぃぃぃーーーーっ!?」
そう。ミックがこの窮地を脱するために取得したのは、『エクステリア』の『看板』スキル。
宝箱の外側に、好きな文字や図柄の看板を出せるというものであった。
そう……!
ミックはこの宝箱が『からっぽ』であることをアピールすることで、ゴブリンたちの興味が殺がれることを狙ったのだ……!
「なーんだ、からっぽかよ」
「チッ、取られた後だったとはな」
「お宝が無いんじゃ、追い回してもしょうがねぇなぁ」
ゴブリンたちは知能が低いので、この手は有効であった。
現にゴブリンたちは、悔しそうに歯噛みをしながらも宝箱に背を向けている。
ミックは宝箱の中で息を潜めたまま、小さくガッツポーズをしていた。
――よし、うまくいった……!
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