03 はじめてのモンスター
03 はじめてのモンスター
シンラの屋敷は霊峰と呼ばれる山の頂上付近にあった。
周囲には人里どころか、人が訪れた気配すらない手付かずの森に囲まれている。
なぜこんな秘境に住んでいるのかというと、シンラは究極の引きこもりを目指しており、住まい選びにおいてはまわりに誰もいないことを最優先していたから。
いくら過酷で不便な環境であっても、彼には関係ない。
外が大雪でも得意の魔法によって家は快適だし、外界と接触する必要がある時は機怪鳩によってやりとりする。
ミックは大空を眺めていた視線を落とし、背後にあった岩山をしみじみと目に映す。
家は魔法によって偽装しているので、傍目にはただの岩山でしかないが、彼にとっては間違いな住み慣れた我が家であった。
「いい家だったなぁ……。ホントはずっと住んでたかったけど、唯一の不満点をなんとかするためだから、しょうがないよね」
この家の唯一の不満点、それは……。
「よぉーし、お嫁さんさがしの旅に、しゅっぱーっ!」
意気揚々と、しかしちょこまかと歩きだすミック。
最後の防御壁となっている魔法陣を抜けて、森へと入っていく。
樹冠のアーチをくぐると一気に薄暗くなり、うっそうと茂る木々によって視界も悪くなる。
さらに保護色になっていたせいで、発見が遅れた。
「……ゴブっ……!?」
ミックは思わず声をあげそうになり、慌てて口を塞いだ。
宝箱から出していた足をこっそりしゃがんで引っ込め、音を立てないようにフタをゆっくりと閉じる。
隙間からそ~っと外の様子を伺ってみると、少し離れたところにいる一匹の『ゴブリン』がじっとこちらを見ていた。
ゴブリンは1メートルちょっとの背丈で、鬼のような怖い顔に腹の出ただらしない身体、緑色の肌をしている人型のモンスターである。
「ギャギャッ!?」
ゴブリンは錯覚かと思っているのか、目をこすりながらこっちに近づいてくる。
いきなり森の中で宝箱を見つけたのだから、我が目を疑うのも無理もないだろう。
ミックはどうしようか迷っていた。
今のちょこまか走りでは逃げ切るのは難しいし、かといって戦おうにもミックは非力なピクシー族。
攻撃魔術も使えないレベル3では、なにをやっても返り討ちに遭う未来しか想像できなかった。
旅立ち早々モンスターに見つかり、大ピンチに陥ってしまったミック。
打開策を考えるヒマもなくゴブリンと対峙してしまう。
「ど……どーも……」
とりあえず隙間から目だけ出して、敵意のないことだけをアピールしてみると、
「ギャギャーッ!?」
ゴブリンは腰を抜かして驚いていた。
どうやら、『びっくり箱』のスキルが効いたらしい。
レベルアップのファンファーレが鳴り、ミックは「しめた!」と目を輝かせた。
――スキルポイントが増えだぞ!
これで、攻撃系のスキルをゲットすれば……!
いや、待てよ! ゴブリンはたしか群れを作るモンスターだ!
ここにいる1匹はなんとかできても、もし他に仲間がいたらどうしようもない!
ミックは高速で思考を巡らせると、壁のステータスウインドウを操作し、あるスキルを取得する。
――前々世での営業……そして前世での外回りでの経験を活かすしないっ!
当時のことを思い出すとストレスで胃液がせりあがってくるが、背に腹は変えられない。
起き上がったゴブリンに、ミックはおそるおそる声を掛けた。
「こ……こんちは……」
するとゴブリンは「ギャッ!?」と二度ビックリ。
「お前、俺たちの言葉がわかるのか!? そうか、お前はミミックだな!?」
『ミミック』とは、宝箱のなかにヤドカリのように住み着くモンスターのこと。
宝箱だと思って近づいてきた人間を襲う習性がある。
とっさに取得した『ゴブリン語』のおかげで、ゴブリンはミックのことをモンスターだと勘違いしたようだ。
「……しめた! じゃなかった、うん、そうだよ! 僕は悪いミミックじゃないよ!」
「なんだ、よく見たらまだ坊主じゃねぇか。坊主、なんでこんな所にいるんだ?」
「えっと……ちょっと、道に迷っちゃって……」
「そうかい。来たばっかだからここいらのことは詳しくねぇが、おおかた近くの洞窟からでも出てきたんだろう? ウワサじゃ、ここいらにゃ人間はほとんど来ねぇそうだから安心しな」
話してみたら意外にもゴブリンはフレンドリーだったので、ミックはひと安心。
しかしすぐに、ゴブリンの口元が嫌らしく歪んでいるのに気づいた。
「俺たちみたいなゴブリンですら住むところを探すのに苦労してんだ。坊主みたいなミミックはなおさら大変だろうなぁ。人間からもモンスターからも狙われやすいんだろう? 坊主も、さぞやいいお宝を持ってそうだからなぁ……!」
そう。ミミックは宝箱に巣食うが、すでに入っている宝物を外に出したりはしない。
むしろその輝きを利用し、人間をおびき寄せる性質がある。
そのため、ミミックのいる宝箱は良いものが入っているというのが世界の常識としてあった。
よってミミックはモンスターでありながら、人間からもモンスターからも狙われるという立場にある。
「どぉら、見せてみな……!」
薄汚れた鋭い爪が伸びてきたことで、ミックは今さらながらにそのことに気づいてしまう。
とっさにフタをパタンと閉めたが、ゴブリンは力でこじ開けようとしてきた。
ひ弱なピクシーが力ではゴブリンに勝てるはずもないので、開けられるのは時間の問題。
ミックは力いっぱいフタを押さえ込みながら、全力で後悔する。
「こんなことなら、『施錠』のスキルを取っておけばよかったぁ! なんとかして、逃げる方法を考えないと……! ほんの少しでもいいから、時間が稼げれば……!」
ワラにもすがる思いで室内を見回すと、ぽつんとあるリュックサックからはみ出た子供用のスリングショット、いわゆるパチンコを見つけた。
「あ……あれで、なんとかできるか……!? ええいっ、もう迷ってる場合じゃないっ!」
ミックは天から垂れてきた蜘蛛の糸を掴むかのごとく、リュックサックに向かってダイブ。
パチンコを引っ張りだした拍子にちいさな鉛玉もいっしょにこぼれたので、振り向きつつ装填。
血走った目で覗き込んでくるゴブリンの顔面めがけて発射した。
「ギャンッ!?」
至近距離でのパチンコの一撃はかなり効いたのか、ゴブリンは悲鳴とともにもんどり打って倒れる。
「い……いまだっ!」
ミックは宝箱の底から足を出して立ち上がると、ゴブリンに背を向けてすたこらさっさと走り出す。
しかしすぐに怒声が追いすがってきた。
「待ちやがれ、このクソガキッ! 大人しく中身をよこしやがれっ! でないとブッ殺すぞ!」
慣れぬちょこまか走りで足がもつれてしまい、躓いてしまうミック。
衝撃でフタが閉まり、前転するようにゴロンゴロンと地面を転がった。
なんとか体勢を立て直して振り向くと、そこには……。
月の裏側のように禍々しい、ゴブリンの顔が……!
その恐ろしさのあまり、思わず目を閉じてしまうミック。
――お、終わった……! 生まれ変わったばかりなのに……!
人生をかけて準備してきた僕の旅立ちが、こんなにも早く終わるなんて……!
しかし、いつまで経っても最後の時はやってこない。
おそるおそる目を開けてみると、そこには……。
喉笛を喰いちぎられ、断末魔もあげることができずに絶命したゴブリンの姿が。
そしてその傍らには、ひと仕事終えたように毛づくろいをする黒猫がいた。
「ろ……ロックっ!? 助けにきてくれたの!?」
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