横断歩道を渡りきる手前で立ち止まった人の話

きみどり

777文字版(KAC2023)

 赤信号。車の助手席で私はぼーっと前方を眺めていた。

 行きかう交差点の車。その後ろの横断歩道を右から左へゆっくり渡る歩行者。

 普通の光景。

 でも、車がふと途切れ、横断歩道全体が見えるようになった時。

 歩行者が立ち止まった。


 横断歩道を渡りきる2、3歩手前の所で。


「なぜそこで立ち止まった?」


 思わず口に出して言っていた。

 その60代位の男性は、両足が地面に張り付いたみたいにそこから動かない。私は段々不安になってきた。


「危な!」


 左折の車が続けざまに、横断歩道の端で立ち往生している男性を大きく避けながら曲がっていった。

 先頭の車はともかく、その後に続く車からは男性が見えにくい。もしぶつかったら、と冷や冷やした。


 歩行者信号が点滅し始め、赤に変わる。

 右折矢印が消えれば、今度は私たちの車線が青だ。


 ハラハラしながら見守っていると、男性がおもむろに歩き出した。そして無事、横断歩道を渡りきった。

 私はほっと胸を撫で下ろした。



「何だったんだろうね?」


 運転席からの問いに、


「パーキンソン病みたいなものかもね」


 私はそんな知ったかぶった返事をした。



 パーキンソン病。脳の異常により様々な症状があらわれる病気。

 遠回しな言い方をしたのは、パーキンソン病に似た症状が出る別の疾患を知っていたからだ。


 脳からの命令で筋肉は動き、人は運動することができる。しかしこの病気になるとその調整が上手くいかなくなり、筋肉が硬くなる・安静時に手が震える・動きが遅く小さくなる・転びやすくなるといった症状があらわれる。 


 根本的な治療法はない。症状がゆっくり進行していくと、薬が効かない時間も出てくる。



 私がこの病気を連想したのはという症状を知っていたからだ。歩き始めや特定の状況下で足が動かず、歩けなくなってしまうのだ。



 なぜ男性が立ち止まってしまったのか、実際のところはわからない。

 とても衝撃的な1コマだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る