リサイクルショップファンタジア店

独八三太夫

プロローグ

『何でも買います。何でも売ります。リサイクルショップファンタジア店』


 冒険者のレックスが見たのは、そんな看板だった。

 リサイクルという単語に見覚えはないが店名だろうか。看板の謳い文句からすると道具屋なのは間違いないようだが。


 数十年前、魔王が近隣で居を構えた事で捨てられた村である。

 魔王が打倒された現在でも、近くのダンジョンを目的にぱらぱらと冒険者が訪れる程度の閑散とした場所であり、こんな所で店を開く考えは理解ができない。

 しかしダンジョンを訪れる冒険者を目当てに、ダンジョン近くで商売を行う商魂逞しい商人もいる。おそらくこの店も、そうした類の店なのだろう。そう踏んでレックスは店の敷居をまたいだ。


「いらっしゃい」


 店のカウンターから声をかけたのは一人の少女だった。


「おう、お嬢ちゃん店番かい? 店員を呼んできてくれるか?」


「店員は私一人だ。ここは私の店なんだ」


「え……?」


「店長のアリサだ。よろしくな」


 子供の頃から働く事は珍しくない。しかし店を構えるなどそうそうない。だがその落ち着きぶりは、店長だという言葉に妙な説得力を与えていた。

 外観と言動のミスマッチさにレックスが混乱していると、店長のアリサはめんどくさそうに声をかけた。


「おい、ダンジョン帰りの冒険者さん、物を売りに来たんだろう? ボサッと突っ立ってないで早くしてくれ。私も忙しいんだ」


 素性と目的をズバリと当てられ、レックスは更に混乱した。

 冒険者だと見抜くのは分かる。帯剣し、鎧を身に着けている。農民や商人ではそうそうしない格好だ。しかしそれ以外は何故わかったのか……

 ダンジョン帰りを推察できたのは、汚れからだろうか? いや、冒険者というものは概して普段から薄汚れているものだ。

 収集品や宝物でパンパンのバッグからだろうか? いや、食料や薬を詰め込んで、これからダンジョンに赴く事は珍しくない……


「なあ、アンタ。どうして俺がダンジョン帰りだと? 水除けのスクロールで返り血は防いでいるし、長い間キャンプをしたわけでもないから、臭いもそうでもないはずだが」


「装備の摩耗具合だ。最近大分酷使したな。次の戦いには耐えられないだろう」


「例えば中古の物とか、あるいは単に使い込んだ武具を装備しているだけかもしれないじゃないか。何故それでダンジョン帰りだと特定できる?」


「体つきを見れば、どれだけ鍛えているかはある程度わかるだろう。アンタが熟練の冒険者である事は間違いない。そんな熟練の冒険者が、破損寸前の装備でダンジョンに突入するか? 重い装備を脱がず、わざわざ身に着け、カバンはいっぱい……十中八九ダンジョンから直接ここに来たと推測できる」


「なるほどな……じゃあ、目的が物を売りに来たっていうのはなんでわかったんだ」


「そりゃあ、ダンジョン帰りの冒険者はまず手に入れたアイテムを売りに来るもんだしな。何より店内の品物を一切見なかった事か。何かを買いに来たのなら、まずは店の中を見回るか、そこまではしなくとも一瞥ぐらいはするだろう。しかしアンタは一直線に店のカウンターにやって来た」


 このアリサとやらの観察力は確かなようである。店長だというのは嘘ではないようだ。納得したレックスは背嚢をドスンとカウンターに下ろした。


「買取を頼む」


 アリサは背嚢を開くと、中に納められたアイテムをテキパキと分類、鑑定していった。待ち時間の間店内を見回ることもせず、アリサの手元をじっと見ながら、レックスはその順調な仕事ぶりに少し不安になった。

 しばらく待つと、アリサは鑑定を終えたようで、軽くカウンターを叩いた。

 

「鍛冶屋ガンドロワ作のダガー200G、妖精の粉70G、オークの血のブラッドポーション500G、貴金属類は20G、細々としたモンスターの部位はまとめて9Gだ。まぁ、こんなもんかねぇ?」


「お、おい、待て待て!」


「交渉は受け付けない」


「違う、これはどうなんだ、こいつが目玉なんだぞ。蒼獅子のジャマダハル! 三百年前、最強の勇者パーティーと謳われた伝説の十二騎士、その随一の武器コレクターであるエンジが所有していた武器の一つだ。エンジは死の間際、強力な武器が市井に散逸することを憂慮し、方々のダンジョンに封印したというが――それを! この俺が見つけ出したのだ! これは実用性は乏しいが、装飾の美しさと、エンジが持っていたというだけでも、50000Gは堅いぞ! これを忘れるなんてどうかしている!」


 美しい蒼を基調としたジャマダハルに、薄く引かれた黒いラインが複雑な幾何学模様を描いている。眺めるだけでも溜息がこぼれる至高の芸術品。

 しかしアリサがこぼした溜息は、芸術品に魅せられて、といったものではなく、明らかに面倒くさがってのものだった。


「あー、これは買い取れんね」


「なんだ金がないのか? 看板に何でも買いますと書いておきながら……まぁ、場末のボロい質屋ではな。ならこちらも勉強してやろう、30000Gでどうだ」


「質屋じゃねー、リサイクルショップ、だ。それに金ならある」


「わかったわかった、風変わりな道具屋さんよ。金があるならどうして――」


「買い取れねーっていうのは高いからじゃねぇ。価値がないからだ。どうしても引き取ってほしければ、そっちが金を払うんだね」


「なんだと!? この武器は正真正銘の!」


 レックスは食って掛かる。自分の眼に狂いがなければ、これは間違いなく真品だ。

 にもかかわらずこの店長は価値がないと主張する。

 まさか――バレたのか?


「ああ、これは正真正銘、蒼獅子のジャマダハルだ。ならさ、そんなすごい武器をどうして――アンタが言う所の場末のボロい質屋で売り払おうとしたんだ?」


 ああ、もう間違いない。

 しかし頭の中で聞こえるその声を振り切り、レックスは抵抗する。


「そ、それはこの店がたまたま目について……」


「50000Gだぜ? 2年程度は過ごせる額だ。そんな代物を“たまたま目についた店”で売り払うか? 普通は、大手の道具屋なり、美術商なり、売る相手は選ぶだろうよ」


「そ、それは……」


「答えは簡単。確かな鑑定眼を持つ相手には売れない理由があるからだ。この武器――呪われているな?」


「ッ!」


「長い年月ダンジョンの瘴気にあてられたからか、はたまた、モンスターの呪いかは定かではないがね。呪いにも種々様々。持ち主を毒や苦痛で蝕むもの――その手の呪いじゃないな、だったら悠長にダンジョンから持ち帰ったりできないだろう。あんたはとっとと捨てているはずだ。装備すれば外せない呪い――これも違う。だったら売り払う事はできないだろうから。なら、さしずめ……モンスターとのエンカウント率を上げる呪いってとこか」


「う……」


 全て見抜かれている。選んだ店が悪かった。

 だがそれを責められることはお門違いだ。誰が想像する? 人も立ち寄らないようなゴーストタウンのボロい店で、一流の鑑定眼を持った少女が店長をしているなんて。


「ブラッドポーションなんて、そうそう手に入らないモンスター産のレアアイテムを持っているのも、そう考えれば納得が行く。相当戦ってきたな。あんたなかなかの手練れみたいだね。だが欲をかいたのはよくなかったね。あんたはこの武器をダンジョンで捨てるべきだったんだ。ほれ、耳を傾けな。不吉な音が聞こえるだろう」


「え……!?」


 がさがさ、ざわざわ、そんな音が外から聞こえてくる。

 人が鳴らす音ではない。人の世界で鳴る音ではない。そう、まるでダンジョンの中でモンスターが奏でるかのような禍々しい音。


「い、いやまさか、そんなはずは……ダンジョンの出口には結界が!」


「そりゃあ、結界でも抑えられないモンスターが出てきたんだろうよ。呪いに引き寄せられたか……ああ、それか、もしかしたらジャマダハルに呪いをかけたやつかもな。やっこさんの宝物だったのかもしれないぜ?」


「冗談を言うな! 結界を抜けるのも、呪術を扱うのもエルダー級以上のモンスターだろう!? 国の討伐隊――騎士団が動くレベルだぞ!」


「だから捨てとけって言ったんだよ。よっこいせっと……」


「ど、どこへ行く!? 早く逃げないと!」


「店を潰されちゃかなわんのでね」


 よくわからない事を言うアリサには構ってられないと、レックスは店を出た。

 しかしそこにあったものは、荒れた村ではなかった。森。

 ただの森ではない。不善、怨念、毒気、邪悪――見た者がそう表現する外ない、瘴気を発する悪意の森だった。


「終わった……」


 店の前にはひと際大きな樹が鎮座している。樹の中央には、醜悪な人面が存在し、それはじっとレックスを見つめている。

 この樹こそが蒼獅子のジャマダハルに呪いをかけたモンスター。

 樹はしゅるしゅると枝をレックスへと伸ばす。楽には殺さないだろう。この樹が考えうる限りの苦痛を与えられることは、説明されずとも、レックスには理解できた。

 そんな蛇に睨まれた蛙のように座り込み、失禁しているレックスを飛び越し、一人の少女がフライパンを振りかぶった。


「人の店に……日陰作ってんじゃねーよ!」


 ゴンと、樹を鉄で殴った音がした。一度ではなく、二度三度、幾度も幾度もその音がするとともに、樹は耳をつんざかんばかりの叫びを上げる。

 樹は必死に自身の枝や周囲の樹を操作して少女を止めようとするが、無駄な抵抗とばかりに、少女は樹を渾身のスイングで殴り倒した。


「え……?」


 中央の人面の樹が力尽きるとともに、周囲の森もまた枯れ果てていく。

 レックスにはまるで事態が把握できなかった。


「今、何が……」


「退治したんだが」


「ま、待て待て! え!?」


 アリサはやはり面倒くさそうに溜息を吐くと、店に戻っていった。


「しょうがねぇ、本当に何も知らん道具屋が買い取っても面倒だ。あのジャマダハルは私が再度ダンジョンに封印させてもらう。いいな!?」


「は、はい!」


「ったく……店は臨時休業だ……はぁ……」


「な、何故!?」


 勢いよく立ち上がる。尿で濡れた下着がペタペタと張り付き気持ち悪いが、浮かんだ疑問の前には、そんな事には構っていられない。


「ん?」


「何故道具屋など開いている!? その力があればいくらでも冒険者として成り上がれるだろう!?」


「何度言わせんだ。道具屋じゃねー、リサイクルショップだ! 何でも何も人の勝手だろう! 面倒ごと持ち込みやがって!」


「す、すみません……」


 アリサは怒るだけ怒ったのち、貧相な装備でダンジョンへと向かっていった。


「な、なんなんだありゃあ……」


 レックスは後に今回の出来事を周囲に話しまわったのだが、

 伝説のエンジの武器を手に入れた事、エルダー級のモンスターが襲ってきた事、そのモンスターを奇妙な店主がフライパンで退治した事、

 その全てが信じがたい話の為、夢でも見たのではないかと笑われたという。

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