思想の偏った人の書くイソップ童話

怪人トウフ男

ジャガーとナマケモノ

ある日、ジャガーくんが北のジャングルを散歩していると、とつぜん頭上から声をかけられました。


「やあジャガーくん。僕は君が木の下をいったりきたりしているのを、いつも木の上からみていたんだ。そして、いつか君とおしゃべりしたいなあ、と思っていたんだよ。それで、今日がその、『いつか』だったわけ」

声の主は、くりくりした目とだらりとした手足をもつどうぶつでした。

「君はだれ? 何のどうぶつなんだい?」とジャガーくんは尋ねました。

「えーとねぇ……。僕は自分が何のどうぶつかよく知らないんだよ。でもわかってることもあるよ。僕は動くのが遅いんだ。だから僕は自分のことをナマケモノだと思っているよ」と、だらりとしたどうぶつは答えました。

「わあ。俺もおんなじだ。俺も自分が何のどうぶつかわからないんだけど、走るのが得意だから、みんなにはジャガーだって名乗ってるんだ」

ふたりは不思議と気が合い、北のジャングルから南のジャングルまで一緒に旅をすることにしました。

しかし問題がありました。

ふたりの歩くスピードがぜんぜんちがうのです。

ジャガーくんはできるだけナマケモノくんと同じ速さで歩こうとするのですが、気がついたらナマケモノくんの声がずっと後ろのほうにあるのです。

ジャガーくんは来た道をずいぶん戻ってナマケモノくんをみつけました。

「ナマケモノくん。きみはどうしてそんなに動くのが遅いんだい」

「僕はナマケモノだよ。だから動くのがおそいんだ」

ナマケモノくんは悪びれもせずに言いました。

その後しばらく歩いていると、またナマケモノくんの気配が消えました。今度はナマケモノくんの姿どころか声も聞こえません。おそろしいオウギワシにナマケモノくんが食べられてしまったのではないかと、ジャガーくんは大いに焦りました。不穏な想像をふりはらい、やっとのことで見つけたナマケモノくんは、川のそばで優雅に休憩していました。

ジャガーくんはイライラして言いました。

「きみは本当にナマケモノかい? そう思い込んでいるだけじゃないのかい? ちゃんとやれば速くうごけるかもしれないよ」

するとナマケモノくんは不思議そうに言いました。

「あのね。よくきいてジャガーくん。もし、僕がナマケモノじゃないとしてもだよ。僕の動きがおそいのはかわらないよ。だって、僕が自分のことをナマケモノだと思ったきっかけが、『動くのがおそい』ってところなんだもの」

それを聞いたジャガーくんはちょっと考え込んで、また口を開きました。

「ふうん。じゃあさっきのナマケモノくんの台詞は、順序として逆だな。きみはさっき、自分がナマケモノだから動くのが遅いんだって言ったよね。でも本当はそうじゃなくて、きみがもともと動くのが遅いから、きみはナマケモノなんだ。つまり……きみは動くのがおそいから、動くのがおそいんだ」

ナマケモノくんは頷きました。

「たしかにそういうことになるね。僕は動くのがおそいから動くのがおそいんだ」

そしてこうも付け加えました。

「ジャガーくんも、ジャガーだから動くのが速いんじゃなくて、動くのが速いから動くのが速いんだ」

そのあと二人は仲良く川の水を飲みました。「ねえ、ジャガーくん。なんで君はそんなに歩くのが速いの?」とナマケモノくん。

「それは、歩くのが速いから、歩くのが速いんだよ。君こそなんでそんなに動きがおそいんだ?」とジャガーくん。

「それは、動きがおそいから、動きがおそいんだよ」とナマケモノくん。

「お前らは馬鹿か。頭の悪い会話しやがって。ぜんぜん答えになってえぞ下等生物ども」

ピラルクーくんがとうとう耐えられなくなって水面から飛び出してきました。ここはピラルクーくんのおうちだったのです。


ジャガーくんとナマケモノくんは、突然現れた三人目のキャラクターにびっくりして何も言えなくなりました。その隙にピラルクーくんは持論を捲し立てます。

「そもそも『結果』の前には、結果を導く『原因』が必ずある。それが宇宙開闢以来の絶対的法則だ。逆に言えば、俺たちの脳はそういうふうにしか物事を認識できない。だから解決したい問題があるなら原因を遡り続けろよな。『動くのが遅いから動くのが遅い』だ? それを思考停止というんだ。お前らはお互いの能力の差異に疑問をもったんだろう? それはなぜだったのか、よくよく思い返せ。二人が同じスピードで旅をするためだろうが。差異の生まれる背景を知って、お互いを思いやるためだろうが」

「いや、その理屈で言うなら、彼らの答えは本質的なところを捉えてるんじゃない?」

ヘラクレスオオカブトさんが待ったをかけました。

「どんなものにも原因があるというピラルクーくんの考えと、どんな原因があろうとまず目の前の事実を主とする彼らの考えは、事実に対して価値判断をさし挟まないという点で同値じゃない?」


突如としてホモ・サピエンスくんの作った核弾頭が着弾し、すべてのものが熱エネルギーへと変わりました。


【死の前では全てがむなしい】

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思想の偏った人の書くイソップ童話 怪人トウフ男 @kaijin_to-fu_otoko

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