あとがきという名のエッセイ

七迦寧巴

第1話 あとがきという名のエッセイ

 小さい頃から知り合いだったママが歌舞伎町に二号店を出したのは、私が大学三年のとき。

 一号店はカウンターだけのお店だったが、二号店は女の子の居るお店だ。


 ママに誘われてバイトを始めた。チーママ以外の女の子は、みんな私と同じ年齢か、一つ年下。同年代なので話も弾み、楽しいバイト先だった。


 のんちゃんという子は一歳下の専門学校生。

 まっすぐな黒髪がとても綺麗な大人びた子だった。スーツを着ていると丸の内あたりのOLに見える。

 外見とは裏腹に、話すと明るくて楽しい子で、私の大学生活のことをよく聞いてきていた。本当は大学に行きたかったらしいが、家庭の都合で無理だったらしい。


 そんなのんちゃんが、ある日ママに「ここでバイトをしたいという友達が居る」と相談していた。

 その子は歌舞伎町のキャバクラでバイトをしていて、お客さんとちょっとトラブルになったらしい。

 のんちゃんと同じ専門学校の子で、この店のことを知ってバイトをしたいと言ってきたそうだ。


 話を聞いたママは翌日その子に会うことにした。

 のんちゃんと一緒に店に入ってきた子は、金髪ロング&ガングロ、下着が見えちゃうよっていうくらいのミニスカートを履いていた。

 胸元が大胆に開いたニットを着ていて、この店に居る女の子たちとは明らかに人種が違った。


 ママが切り盛りするこの店はキャバクラとは違って指名制ではない。

 一見さんお断りで、基本はママの知り合いが来る店だ。

 一人の客に複数の女の子がついて、わいわい楽しむ。女の子たちの服装も露出度は高くないし、メイクもわりとナチュラルなのだ。


 ママはその子にキャバクラとの違いを説明した上で、客とのデートは禁止、一定の距離を保つようにと諭して、その子を受け入れた。


 その子の源氏名はなぎさちゃん。のんちゃんとは見た目も全然違うけれど、二人は学校でもよく一緒に居るそうだ。


「渚は見た目があんなだから誤解されるけど、すごい純粋なんだよ」と、のんちゃんは言った。

 大学でも私の周りには全く居ない外見の子だけど、確かに話してみると、渚ちゃんはとても気さくで人懐こい。


「やっちゃん、聞いてよー。昨日彼氏がさ……」と同棲している彼とのベッドでの話をあっけらかんとしてきたり、日焼けサロンでのこだわりなどを楽しそうに話してきた。


 私とのんちゃんと渚ちゃんは帰る方面が同じだったので、翌日が休みの時はたまにのんちゃんの家に集まって始発までお喋りをするようになった。

 何故のんちゃんの家かというと、渚ちゃんは同棲している彼氏が居たし、私のアパートは大家さんの敷地内だったので、両親以外は立ち入り禁止という契約だったからだ。


 渚ちゃんには彼氏が居るが、他にも関係を持っている男の人が何人か居た。たいていは以前バイトしていたキャバクラで知り合った人のようだ。


 相手が既婚者ならそれは望ましいとは思わないが、そうでなければ、どんな人とどんな付き合いをするのかは本人の自由。

 そう思って話を聞いていたけれど、渚ちゃんにはどこか自暴自棄なところがあるように思えた。


「彼氏のことは好きなんでしょ?」と聞くと、

「好きだけど、やつはお金持ってないから。服もアクセサリーもいっぱい欲しいじゃん。だから他の人に買ってもらうの」と、悪びれる様子もなく答えた。


 そういうものなのかなぁ……と首を捻ったが、そういう子も居るのだろう。

 前にのんちゃんが渚ちゃんのことを純粋だと言っていたけれど、欲望に対して純粋ということなのかなと、そのときは理解した。


 *


 しばらくして渚ちゃんは彼氏と別れた。


「彼が居ないときに男連れ込んじゃったんだよね。そしたらシてる最中に帰ってきてさ。修羅場だよー。さすがに追い出されちゃった」

「そりゃダメでしょー。追い出されて今どうしてるの」

「のんちゃんの家に居させてもらってる。アパート見つけなくちゃなんだ」

「そのシちゃった彼と付き合うの?」

「えー、付き合わないよ。別に本気で好きなわけじゃないもん」

「……渚ちゃんのその感覚は分からないや」

「私なんてべつにどうなってもいいんだ」

「なんでそんなこと言うかなぁー」

「やっちゃん。今日バイトのあとうちに来ない?」


 のんちゃんがそう言ってきたので、その日はバイトのあと三人でのんちゃんの家に帰った。

 そこで初めて渚ちゃんの初体験の話を聞いた。


 相手はイトコだったそうだ。小さい頃からずっと一緒に遊んでいた年上のイトコ。

 いつしか恋愛感情を抱き、二人は関係を持つようになった。でも周囲に言えるはずもなく、関係をずっと続けるわけにもいかず、イトコは渚ちゃんから去ったそうだ。


「でも忘れられないの。どんな人と付き合っても、寝ても、やっぱりイトコが一番なの」

 渚ちゃんはそう言って泣いた。


 本当に好きな人と体を重ねても一緒になれない苦しみ。

 当時、平凡な恋愛をしていた私に理解出来たとは言い難いかもしれない。

 でも渚ちゃんの心にはずっとひとりの人が居るんだという切なさはじゅうぶんすぎるほど伝わってきた。

 のんちゃんが渚ちゃんを純粋だと言った意味も理解出来た。


 *


 秋が来る頃、渚ちゃんはバイトを辞めた。

 お客さんとのデートが禁止というママの店は性に合わなかったようだ。キャバクラでバイトを始めたと、のんちゃんがこっそり教えてくれた。


 のんちゃんも年明けにはバイトを辞めた。春からは社会人になるからだ。

 私も大学四年になり、就職活動が始まった。

 お店のお客さんが「就職活動中は水商売系のバイトは辞めた方がいいよ。バレると良い印象を持たれないからね」と教えてくれたので、私も連休明けにはバイトを辞めた。


 お店の女の子たちは本当にみんな良い子で、たくさん仲良くしてもらったけれど、一番記憶に残っているのは渚ちゃんだ。

 十数年経っても、ふと、どうしているだろう、幸せな恋をしているだろうかと思い返すことがあった。


 それからさらに時は流れて、某ウェブサイトでお話し募集の企画を見つけた。

 いくつかキーワードが書かれていて、そのキーワードをもとに創作するようだ。


「駆け落ち」「ハッピーエンド」というキーワードを見たとき、渚ちゃんの顔が浮かんだ。


 現実世界で渚ちゃんはイトコと破局した。現実では障害も多いし難しい関係だと思う。

 でも小説だったらイトコとの恋愛も……そう思って書き始めたのが『禁句』


 渚ちゃんは登場人物たちのモデルではないけれど、名前のイメージから作品に「海」をちりばめてみた。


 ちゃんと書き上げることが出来て良かったと思う。

 渚ちゃんに捧げたい。

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あとがきという名のエッセイ 七迦寧巴 @yasuha

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