秋の風にのせて
福守りん
秋の風にのせて
「筋肉って、いる?」
美菜子の言葉に、わたしは、きょとんとなった。
「なーに? いきなり」
「あたしのつきあってる彼が、ジムに通ってんのね。鍛えてるわけ。
その進捗を、ちくいち、あたしに教えてくれるんだけど、まったく、興味がないわけ。あたしはね」
「はあ……」
美菜子が今の彼とつきあい始めたのは、たしか、今年の春からだったと思う。今は秋だから、半年はもってるということだ。
あきやすい美菜子にしては、もってるほうだと思うけど、どうも、最近は、雲ゆきがあやしくなってきてる様子だった。
「あっても、いいんじゃないかなあ……。ないよりは」
「そうだけどさ。見せるために筋肉をつけようとしてるのを見てると、どんびきだよ。
仕事は、事務職なんだから、それ、いる?っていうかさ……」
「まあ、まあ……。美菜子に、男らしさを感じてほしいんじゃないかなあ」
「男らしさって、筋肉に宿るもんなの?」
「わかんない……」
美菜子の息が、わたしの前髪をゆらした。音もない、ため息。
「セツは、どうなの? 彼とは」
「別れたみたい」
「みたいって、なに?」
「メールの返事がないから。一週間……。もっとかな」
「はあー?」
美菜子が、顔をしかめた。
「筋肉なんか、あっても、なくても……。
女を不安にさせないのが、本物の男じゃない?」
「たしかにね。LINEは毎日してるよ」
「いいなあ……」
「なーんだ。そんなことになってたのか。
ろくな男じゃないな。切っちゃいなよ」
「いちおう、覚悟はしてるよ。
連絡がくるかもって、ちょっとは、思ってるけど。
一度こういうことがあると、これから何度もあるんだろうなって、思うよね……」
「あるだろうね」
きっぱりした答えだった。
「うん。わかった」
連絡先は消せないけど、心の中から、面影を追いだすことはできる。
二年ちょっとの恋愛は、わたしが置いていかれるような形で、終わろうとしてるみたいだった。
秋の風が、カフェテラスを通りぬけるように、吹いていった。
風にのって、わたしの心も流されていく。
甘い記憶。はたされなかった約束。
「筋肉よりも、心だよ」
「そうだねー」
秋の風にのせて 福守りん @fuku_rin
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