三分以内の攻防【番外編】 彼の名は筋肉仮面! 断罪の運命に抗う悲劇のヒーローである!
俺ことヒロイキ・アークドールは、泣く子も黙る、どっかのマフィア顔負けの黒い噂のたえないブラックマン伯爵家の長男だ。親父の妾の一人から生まれた。
そんな俺の悩みは、毒親であるブラックマン伯爵のことでも、食うに事欠き暴力をも振るわれる生育環境でも、前世から引き続いてのとんでもないコミュ障で、女子どころか同性でも陽キャは無理な大人し男子だということ――でもない。
ギャルゲー『ラブ☆きゅんメモリアル~ファンタジック学園編~』に瓜二つの、この世界に生まれ落ちた俺が、「悪役」兼「当て馬」で、主人公とヒロインが結ばれる一方、「追放」「処刑」「男娼堕ち」の各種の堕ちルートが展開されるキャラだと云うことだ!
なんて非情な人生だ。
学園入学と同時に前世の記憶が蘇り、前世の陰キャライフから解き放たれたと歓喜したと同時に、とんでもない環境に転生させられてしまった事実に打ちのめされた。けれど今世の俺は既に、筋トレによって現実逃避と心身の鍛練を行い、ゲームに描かれる超女好きな極悪人予備軍とは程遠い成長を遂げているはずだ。
前世と変わらない陰キャになっている気がしないでもないでもない……が、ゲーム世界の俺の末路を知り、本家ヒロイキとは違っている俺の性格のお陰で、悪役への道からは逸れている気もする。
だが、その俺をゲーム通りの悪役へと追い立て、破滅フラグをタケノコの如くピョコピョコと何本も打ち立てようとするのが、親父だ。
奴は、今日も今日とてコツコツと悪事を企てている。
悪役を必要とする、このゲーム世界の強制力なのか!? だが俺はそんな運命には負けん!! 毒親の立てた破滅フラグを何本でもへし折るために、今日も夜の街に繰り出して行く!!!
「助けて! 筋肉仮面様!!!」
人気のない夜道に、女性のか細い悲鳴が響き渡る。
いや、誰? その筋肉仮面って怪しい名前……。仮面に繋がるなら「タキシード」か「ライダー」なんじゃないの!? 怪しすぎん?
引っ掛かりを覚えながらも、破滅フラグを折るために、俺は声の主の元へと急ぐ。
今日ここで、ブラックマン伯爵の配下が、騒ぎを起こす情報は得ていた。なんと国王の覚えもめでたく、王国で高い地位と財を築いている魔術師団長の力を削ごうとしているのだ。彼に精神的ダメージを与えるには、一人娘ソルドレイドを葬り去れば良いと考えたらしい。父親は手強過ぎるから、身近な女子供に手を掛けるなんて、我が親ながら屑だな! なにより俺の同級生であり、ゲーム主人公の幼馴染でメインルートのヒロインって云う、最強カードに、なんて事しようとしてくれてるんだぁーーーー!!
「筋肉仮面様ぁぁーーーっ!」
呼ぶ声は、更に大きく響き渡る。けどちょっと違和感がある。魔術師団長の娘ソルドレイドは、自身も風魔法の名手だったはず。なのに何で攻撃音の一つも響いてこないんだ?
いや、細かいことは考えまい。これも破滅への道を塞いで、俺自身の生存ルートを確保するためのタスクだ!
おし、今日も行くぞ!! 気合十分、身バレ防止の平民なら誰もが手軽に入手出来、所持している衣服『白いランニングシャツ』に、布面積少な目で経済的に優しい『黒短パン』の着用完了! 仕上げに、平民聖女ユリアーナから貰った「個性を消して顔の印象が分かりにくくなる」ド派手なピンクの孔雀の飾り羽を左右に立てた仮面を着ける。
これで、誰もが俺の正体に気付くことは無い。
「きーんにーっく、仮面さまぁぁぁ!」
駆けて行けば、黒ずくめの集団に囲まれるソルドレイドが、俺に向かって安堵の笑顔を向けて来た。学園1、2を争う魔法の腕前の彼女は、自身の戦闘力に自信を持っていて、よく護衛の者もつけずに遠方の孤児院に慰問に出かけている。帰りが遅くなるのもいつも通り。そんな行動にブラックマン伯爵が目を付けてしまったんだ。
俺の登場に気付いた刺客たちが、急いで彼女に襲い掛かる。けど彼女が何かボソボソと唱えると、刺客が転んだり、押し戻されたりして攻撃出来ないでいる気がするんだけど……助けが必要? んん??
「筋肉仮面様!! 私、襲われておりますっ! 助けてくださいませっ!!」
俺の困惑を余所に、ソルドレイドは「はい、はーいっ!」と、学校でやる気満々の生徒が挙手するみたいに真っすぐ片腕をあげて、その場で何度も小さなジャンプを繰り返している。
なんなら親父の刺客の方が、彼女の魔法に翻弄されて押されてる気がするんだけど。
「はやくっ! たーすーけーてー、くださいませっ!」
けど、助けてって言ってるんだよな。むーん。
些細なことで連立してしまう破滅フラグが怖い俺は、とにかく足を進める。親父の雇った刺客らは、腕の立つ奴等ばかりのはずだ。俺みたいなモブ学生が正面からぶつかっても、絶対に勝てる相手じゃないから恐ろしくて仕方がない。けど、ここで助けを求める女の子を見捨てたら完全に悪人だよな。
助けに向かえば、攻撃を受けて破滅。助けなければ、悪人街道突入で破滅。
どっちも破滅しかないなら、ちょっとでもましな方を選びたい!!
俺にとってのましな方とは――ギャルゲーの世界に生きているなら、可愛い女の子とキャッキャウフフのハッピーライフルート開拓に繋がる、女の子のために生きることだ!!
「俺の唯一絶対の相棒よ! 俺を護る盾となれ!!」
目を瞑りつつ、体中の筋肉に言い聞かせて、俺は剣持ち刺客集団の中へ飛び込んだ。
筋肉の加護を信じ、無意識に取っていたのは「サイドチェスト」のポーズだ。息を吸って胸郭を広げ、肩の三角筋を見せつけるため前にぐっと突き出す。更には両腕を体にぐっと引き寄せ、大胸筋を膨らませつつも、ダメ押し効果の上掛けで、胸を下から腕で寄せて上げて魅せる!
「おぉぉぉお! これが筋肉仮面!!」
男達の唸り声が響いてくる。このゲームの世界には魔法が存在する。だから、男達はそこそこ鍛えた筋肉……いわゆる細マッチョの状態で、華やかな見た目を維持しつつ、魔法の強化を掛けて筋肉のモチベーション以上の行使するのが一般的だ。だから、俺の纏う筋肉鎧は珍しいらしい。学園では、筋肉鎧に目覚めた者も現れだしてはいるがな。
そんな低い歓声を耳にした俺は、見慣れぬ筋肉鎧に恐れをなして、離れてくれ!! と祈りつつ、目を瞑って突っ込んで行く。
ぱし
「おぉ!」
ペタペタ
「ぅぉおぉっ!」
ぺちん
「わぁあ!」
俺の三角筋や上腕二頭筋にぶつかっては、低い叫びが上がる。いつもこうだ。筋肉鎧は触れる者に、俺には分からない効果をもたらすのかもしれない。
次々襲いかかる感触が、どんな状況で起こっているモノなのか全くわからん。目、瞑ったままだし……。
だが俺は、破滅フラグ回避のために、ひたすらソルドレイド目掛けて突き進むーー!!
むに
んんん? なんだ、このほやほや、ふにゃふにゃした、しっとりむっちりしたパン生地のような、マシュマロのような感触は??
「(まさか!!!)」
これは、ラブコメ界定番かつ伝説の男の夢展開なのではーーー!! 高鳴る胸の鼓動と共に、俺はカッと目を見開く。
「―――……」
俺の手は、ソルドレイドの前で仁王立ちになり、大股を開いた男の、こっ……かんに!?
なんじゃこりゃあああ!!
口をハクハクとさせるが、ショックのあまり声もでない。確かに俺のポーズはサイドチェストだった。としたら、前屈みの俺の手は胸よりも下になってる。なんてこった!
それに! スレンダーな男の癖に、なんでここだけ、こんなにボリューミーなんだよ!! 俺は悲しいぞ! 色々となっ!! あぁ、そうだよ。悪役なのに夢見た俺が身の程知らずだったぜ。
「ひっ……ヒロイキ。親友ならば、親愛の情によって触れることも多いだろうが、こ、こここ……っかんは―――はっ! お前まさか、この『あああ』と親友以上の関係を求めているのか!!!」
股間の主から発せられた声は、俺の知る男のモノだった。そうか、ソルドレイドはこのゲームの主人公『あああ』の婚約者。彼女の危機を察して駆けつけたんだな! さすが主人公!! 確かに足元には、なんだか嬉しそうな、恍惚の表情を浮かべた刺客たちが「今日は手を洗わないぞー」なんて呟きながら倒れている。俺はすぐにでも洗いたい。とにかく筋肉が俺を守ってくれたんだろう。
主人公への敗北感を、ちくりと痛む胸と、手の平へのもったりとした感触と共に残した俺は、光る涙の滴をホロリと何粒も溢しながら、脱兎のごとく駆け出す。
負け犬となって逃げだした俺の背後で、仲睦まじく会話を交わす声が聞こえていた。
「もぉぉっ! 何で助けになんて来るんですの!? こんな刺客の相手なんて、遊びにもならないって分かってますわよね?」
「何を言う! 俺はヒロイキと親友で、お前の婚約者だ。この場に居合わせて親交を深める権利は、充分にある!!」
「私とは幼少期からの縁ですから今更――だとは思いますが? その親交とやらは誰とのものですの?」
「そのっ、正体不明の筋肉仮面との、だな」
「今さっき、ヒロイキ様のお名前で呼んでいたばかりでしょうが! んもぉ、貴方様の最近のちょっと変・な行動は目に余りましてよ!!」
「それはアイツの筋肉が悪い!」
「んまぁ! ヒロイキ様の筋肉は素晴らしくてよ!!」
主人公とメインヒロインの声が俺を追い立てる。悪役の俺には入り込めない絆を感じる。
俺の『ラブ☆きゅんメモリアル~ファンタジック学園編~』悪役生活はまだまだ続く。気を抜けば、いつもひょっこり現れる主人公に断罪されて僻地の強制収容所送りになるか、男娼に堕とされるか……とにかくゲーム通りならロクでもない未来が待ち受けている!!
事あるごとにゲーム補正が働く日常生活だって気が抜けないぜ!
俺の穏やかな筋トレライフの破滅フラグ回避生活は、終わらない。
《完》
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