地上最大のタイマン。

arm1475

最悪と最強が出会ったらそりゃもうバチバチ。

 その日の昼下がり、いつものように古本屋の外でリンに魔導の指南を続けていた魔王に突然悪寒が走った。


「どうかしたんです?」

「奴だ」

「奴?」


 リンは警戒する魔王の顔を見て、何かを睨み付けている事に気づく。

 その視線の先を追うと、大通りのほうからゆっくりと歩いてくる外套姿の老人が見えた。

 リンはその姿に見覚えがあった。


「――まさか」


 魔王は無言でその老人を睨み続ける。やがて老人が二人の前にやってくると、リンはその老人の顔を見て、ああ、と驚いた。


「アザゼンか」

「久し振りじゃの魔王」


 真っ白なひげを蓄えた老人は不敵に笑う。


「なんで……冠位魔導師マスターアザゼンがここに――ま、魔王さんっあたしっ」

「リンちゃんがリークしてないのは分かってるし、黙っててもいずれ知られるとは思ってたわ」


 魔王は不敵に笑う。


「戦場から魔王の姿が見えなくなって色んな憶測が流れたが、まさかこちらの城下町で古本屋経営していたとは斜め上過ぎじゃったわ」

「結構前から開店していたんだけどね。ようこそ、人類軍最高責任者にして人類最強戦力の冠位魔導師マスターアザゼン」


 なんと言うことか。こんな城下町の外れの古本屋の前で、人類軍と魔界軍のトップ同士が顔をつきあわす事態になろうとは。

 リンは魔王のことは上司には全く話していない。話したところで信じて貰えないのは明白だが、アザゼンはリンに関係なくその存在を以前から把握していたしていたような口ぶりであった。


「どうやって知ったのかしら?」

「感知されないように結界付くって空間弄ってりゃ気づくわい」

「そりゃあアンタだから気づけるのよ」

「ほっほっほっ」


 アザゼンは胸を張って見せた。


「あ」


 リンはそんなアザゼンを見て奇妙な感覚に見舞われる。


「……アザゼン様って……なんか……あれ……お年寄りだった……よね?


 なんか、デカくなってね?」


 突然、ごうっ、と音が拡がる。

 それはアザゼンから轟いていた。

 ピリピリっと肌を突く感覚。リンはそれがアザゼンから放出された「気」とは知らない。


「参る」


 外套を纏う老人が突進する。まるでそれは猛牛、否、大砲のようであった。

 狙うは無論魔王。魔王は避けもせず、右手を翳した。

 魔王は、直ぐに何かに気づいて両手で翳しなおした。相手の力を見誤ったままでは王はその身を吹き飛ばされていただろう。

 魔素を集めて空間防壁を施していた魔王の両手は、大木のような轟拳をかろうじて受け止めていた。


「20年ぶりだから若返ってないからと舐めてたわぁ。また凄い鍛えたでしょ?」


 アザゼンは嬉々と応える。

 リンは唖然とする。魔王に拳を突き立てているこの豪傑は誰なのか。アザゼンの吶喊は自身の外套を衝撃波で吹き飛ばし、その鍛え抜かれた鋼のような巨漢が老人のそれとはどうしても理解出来なかった。

 リンは混乱の余り声にならない笑い声が出た。


「おうか、ちょっと離れてくれんかの危ないから」

「あ、はい」


 アザゼンに言われてリンは魔王の顔を見る。

 魔王は無言でしゃくって促したのでリンは慌てて離れた。


「あれ?」


 リンは離れながら違和感を覚えた。

 二人の方へ振り向くと、魔王とアザゼンが拳を介して騒然な気迫勝負の真っ最中だった。


「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ」」


 二人を取り巻く大気がうねりを上げ、上空に暗雲さえ生じていた。距離を取っているとはいえ下手をすると見ているだけで気死しかねない対決の場にリンは居合わせてしまった不運をちょっと後悔した。

 パンっ、という軽い音ともにその気迫勝負は呆気なく収まった。魔王とアザゼンは全力疾走した後のように爽快そうな笑顔で互いの手を離した。


「これだけしてまだ届かぬか」

「それだけまだ伸びしろがあるってコトじゃない、喜びなさいな」

「それもそうじゃな」


 凄まじい対決の後だというのに愉快そうに笑う二人を見て、リンは唖然としたまただった。

 一方は魔族であるが、片方は、400年前の魔導大戦の頃には既に現役の老人――正確には何度も死んでは若返り転生を繰り返してて、現時点でも齢80の老人のハズであった。もっともそんな老人を人類最強戦力と讃えられている時点でまともでは無いのだが、こんなマッチョな爺さんだとはリンは知る由も無かった。遠目で見る限りヨボヨボのお爺さんだった記憶しか無い。

 こんなところで世界最終決戦が始まるのかと心配さえしたのに、まるで青春ポンチ絵本の爽やかなライバル対決の後を目の当たりにするとは、とリンはどうリアクションしていいのか分からなくなった。

 というか、アザゼンは冠位魔導師マスターと呼ばれてたハズであった。魔導くん息してない。


「相変わらず筋肉鍛えてんのねぇ。冠位魔導師マスターの名が廃るわ、に通り名変えた方がいいんじゃ無い?」

「ますなんとかはしらんが、魔導は精神力に左右されるだからな、強い精神力は健全な肉体に宿る。筋肉は裏切らん、同然の帰結じゃ」

「実践してるのアンタだけじゃないの!」

「弟子どもが楽ばっかしたがるだけじゃ。身体強化の魔導なんて邪道よ、魔素なんて防壁だけで充分」

「魔素使わないでマッチョそれってガチすぎよお」


 魔王はアザゼンの逞しい胸板を突いて見せた。


「日々の鍛錬で楽な道は中々成長しないのにねぇ」

「一応は叱ってるんじゃが、最近の若い奴は温くていかん」

「わかるわぁ」


 そう言って二人は湧いた。こう見えても敵同士である。どう見ても仲良しさんである。400年も大勢を巻き込んで殺し合っていた宿敵同士に見えるほうが異常である。


「ところで何のご用で?」


 魔王がようやく訊いた。どう考えても理由など訊くまでも無いはずなのだが。


「おう、久し振りだったからついはしゃいでしまった」


 はしゃぐとは? とリンは白目になって困惑する。


「折行ってお主に頼みがあってな」


 人類最大の敵に頼みがあるとは何事か。


「お主……の店に、『天才王女と転生令嬢の人間革命』第4巻置いてない?」

「はい?」


 思わず固まるリンの聞き間違えでなければ、最近城下町で流行ってるポンチ絵本のタイトルである。


「いくらうちが古本屋だからってポンチ絵本は……」

「無いのかのぅ」

「無いとは言ってない」


 そう言って魔王は何も無い空間から召喚魔導を使って件の本を取り出して見せた。


「おお、ダメ元で言ってみるもんじゃのう。この間行きつけのピンサロのお姉ちゃんが探しているって聞いたもんじゃから」

「その歳でピンサロ狂いは大概にした方がいいわよ」

「いやぁコレがまたわし好みでのぅ、特に尻が」

「あの」


 真顔のリンが和やかに会話する二人に割って入ってきた。


「何かしら」

「お二人、敵同士ですよね」

「魔導大戦前からだから少なくとも600年は殴り合ってるかのぅ」

「ん? 700年じゃなかったかしら?」

「ふむ、古すぎて忘れたわ、ほっほっほっ」

「……魔王さん」

「リンちゃん何恐い顔して? もしかしてこのポンチ絵本のコト? 吾も買って読んだからねぇ全巻。私物売ってるって言ったでしょ? 古本屋なんだからお客のニーズには応えなきゃ」


 魔王はケラケラ笑って答えると、リンは疲労感にどっと見舞われた。そして頭を抱えてその場にうずくまってしまった。


「人類と魔族の闘いとは一体……?」

「値段は1200ギルね」

「なんじゃぼったくるのぉ?」

「人気本だもん。新刊じゃ手に入らないんでしょ?」

「1100ギルにまからんか?」

「まけられない闘いもあるのよ」

「人類の誇りに賭けてまけてもらうぞぃ」

「望むところよ」


 そう言って二人はまた組み合って力比べを始めた。


「ああ……何なのこの二人」



                     おわり

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