深窓の姫君の事情

那由羅

姫は拳で未来を拓く・前編

 ───魔王城、謁見の間。

 今生の魔物達をまとめる魔王は、玉座に座してその一報を待っていた。


 魔王領に隣接している、エルヴァスティ王国のアンティア姫誘拐。

 この作戦が成功すれば、王国にある程度の制限を課す事が出来るだろう。


「国境に駐屯している王国兵の撤退、食用の人間の要求も悪くない…。

 さあて、どうしてくれようか…」


 魔王は先の事を思い、愉悦に口の端を歪めた。一人娘を手中に収めてしまえば、王国は思いのままだ。


「いっそ、一思ひとおもいに王国を滅ぼしてみせようか。

 姫には王国唯一の生き残りとして、我が腕の中で嘆きの歌を歌わせてやる…」


 ───ギィィイイ───


 下卑た笑いが溢れそうになった時、唐突に謁見の間の正面扉が重々しく開かれた。

 扉の前にいたのは、黄色いドラゴニュートだ。彼はレッドカーペットを歩いてきて、恭しく頭を下げた。


「魔王様、アンティア姫を連れてきました」

「うむ、ここへ」

「ははっ」


 ドラゴニュートはまた頭を下げ、踵を返して謁見の間を出て行った。


「さてさて………エルヴァスティ王が愛するあまり、人目に触れぬように閉じ込めたという深窓の美姫とは、どんなものやら…」


 正面扉の先から近づいてくる人影を見下ろし、魔王はにやけが止まらなかった───が、違和感を覚えて、その笑みが張り付いてしまう。


「…なんか、でかくない?」


 そう。ドラゴニュートに伴われているドレス姿の女が、異様に大きいのだ。


 ドラゴニュートは身長が百八十センチはあるはずだが、女はそれよりも頭一つは余裕で大きい。ヒールを履いていたとしても、その大きさは異様だった。

 女は横にも広い。ピンク色のふんわりしたドレスはパツンパツンで、筋肉質だという事が伺わせた。腕からは、無駄を一切なくした筋肉が隆々と乗っている。


 近づくと、その容貌にも異質さが感じられた。


 厚い胸板まで伸びた髪は、カールされた煌びやかな金糸をしているが、女性らしき要素はそこまでだった。

 きりりと吊り上がった眉。すっと通った鼻筋。眼光は鋭く、ガーゴイルすら射殺してしまいそうだ。エラが張った顔は全体的に、雄々しさすら感じられた。

 立ち振る舞いは洗練されており、優美さを漂わすが。


 世紀末覇者───そんな単語がしっくりくる、益荒男ますらおのような女がそこにいた。


 ドラゴニュートが女の前後に立って連行しているが、『誘拐した姫と連行中の兵士』というよりも『パワー系上司とその部下』に光景が近い。ドラゴニュートが汗をだらだらかいて怯えているのが、何とも哀愁を誘う。


「ちょ、ちょ、ちょ…ちょっと待て!」


 魔王は、近づいてくる一行に慌てて待ったをかけた。手で制すると、ドラゴニュートがぴたりと足を止める。女も、不服そうに足を止めて顔を上げた。


 落ち着く為に何度か呼吸を繰り返す。何かがおかしいと思いながらも、まずは一旦冷静であれと務める。

 恐る恐る指を女に向け、魔王は短く問うた。


「その………それは、なに?」

「………エルヴァスティ王国の、アンティア姫、でございます………」

「まじなの?!」


 泣きそうな顔をしたドラゴニュートに断言されてしまい、魔王は魔王らしい雰囲気を取り繕うのも忘れてしまった。


 一国の姫というものは、顔が小さくてか弱くて清楚で淑やかなもの───というイメージを魔王は抱いていた。

 最近は世界中を旅したがる少々お転婆な姫もいる、などとは聞いていたが、それもまあ守備範囲に収まるだろうと思っていたのだ。


 だが、はさすがに、魔王の守備範囲を軽く超えていた。


「魔王様、まじなのでございます」


 淡々と口を開いたのは、燕尾服を纏った赤い肌の側近デーモンだ。眼鏡をくい、と上げ、理知的な眼差しで続ける。


「名前の確認だけでは不十分でしたので、DNA鑑定を行い、エルヴァスティ王と王妃の血縁である事を確認しております」

「姫誘拐するのにDNAまで調べたのすごいな」

「間違いがあってはいけませんので」


 側近デーモンがすっと差し出してきた調査報告にざっと目を通し、思わず眉間に皺が寄る。この見た目であれば、影武者ではないかと勘繰ってしまうのも無理はないだろう。


「…うぬが、魔王か」


 顔がいかついと、声までいかつくなるのだろうか。姫のとても野太い声に、魔王の心臓がビクリと跳ねあがった。


「い、いかにも…」

「我が名は、アンティア=エルヴァスティ。エルヴァスティ王国の第一王女である。

 此度は、そちらが我を花嫁にしたいと聞き、見合いに参った」


 王女、というよりは王者の貫禄すら漂わすアンティアに、魔王は萎縮している自分が恥ずかしくなってしまう。魔王よりは小柄なアンティアだが、その風格は魔王などよりもずっと上だ。


 エルヴァスティ王がアンティアを幽閉した理由を、魔王はひしひしと痛感した。

 調べによれば、王も王妃も容姿は一般的な人間とそう大差はない。二人の間にこんな突然変異な姫が生まれれば、魔物の所業か呪いかを疑うだろう。幽閉で済ませていただけ、まだマシと言えるかもしれない。


 魔王はふと、彼女が聞き捨てならない事を言っている事に気づいた。側に控えるドラゴニュートに訊ねる。


「…え? 花嫁にするって言っちゃったの…?」

「『理由次第でついていく』と言われたもので…」

「お、おう………そうか」


 誘拐を指示したのだから、乱暴ではない最も賢い選択をしたのだ、と褒めてやるべきかもしれないが。


(お引き取り願いたいんだけど…!)


 元々人質として誘拐しただけなのだから、結婚など念頭にも置いていなかった。愛妾くらいなら考えてやっても、と会う前までは思ったが。

 さすがにこの姫とのまぐわいなど、考えだだけでゾッとする。

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