ロチン

eggy

 

 いつになく昼前、『料理屋サキ』に顔を出すと、女将は疲れた顔でカウンターの中にいた。

 他の数人も夜の常連で、こんな時間には珍しい。

 主客ともに晴れない様子は、昨夜のことを引きずっているからだ。

 昨夜9時過ぎ、ここの二階に住む女将の元亭主が刺殺死体で発見された。

 現場には建物の中からも外からも出入りでき、発見者は外から訪ねた知り合いとか。死亡推定時刻は午前10時頃らしい。

 元女房について、店にいた俺たちもいろいろ警察に訊かれた。その結果、営業中の朝8時から夜9時まで女将は誰かしらに見られていた。例外はトイレタイムくらい。

 その短時間でも素速く刺すならできるだろうが、凶器の始末が難しいという判断らしい。

 警察もさんざんここの調理場などを調べたが、凶器は見つからないのだ。

 特定できないのは、ややこしい事情があるようだ。死因は千枚通しのような細いものによるらしいが、その後やや太いいびつな棒状のもので傷が広げられている。

 細いものなら、ここのメニュー「ジャンボ豚串」に使う鉄串がある。

 しかしもしそうでも、犯行後洗って豚肉を刺し焼いた後となると、鑑識の判別も難しいだろう。

 さらに歪な棒など、何処にも見当たらない。

 ということで、女将は調べから解放されてここにいる。

 犯行は外部の者、という見方に傾いているのか。

「皆さんに迷惑かけたから、奢るね」

 常連たちに、女将は中華スープの皿を配った。

 昨日一日煮込んでいたという。何やら柔らかなものが旨い。

「犯人は、あいつが借金していたヤクザ者だろうさ」

 などと当て推量を話しながら、俺たちはレンゲでスープをすくった。

「ああ、この具」一人が素っ頓狂な声を上げた。「ロチンだね」

「何だい、それ」

「鹿の筋肉すじにくを干したもんだ。こんな細長くて硬くなったのを、水で戻して長時間煮込むのさ」

 得意げに、蘊蓄を披露する。

 その横顔を刺すように睨む目が、俺の席から見えた。

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ロチン eggy @shkei

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