幼馴染と筋肉と
スズヤ ケイ
幼馴染と筋肉と
「61……62……63……64……」
俺は学校から帰るなり、日課の筋トレに勤しんでいた。
今はちょうど腕立て伏せ100回の、2セット目も佳境。
程よく限界値が見えつつある、疲労と高揚感の狭間にいるところだ。
そこへ階下からインターホンの音が聞こえ、母の応対の後、どたばたと階段を駆け上がり来る足音が廊下に響き渡った。
「──おいっす~! おーおー、今日もやってるねえ」
俺の部屋のドアをバタンと乱暴に開け放ち、満面の笑顔を晒して侵入してきたのは、幼馴染の彼女だった。
ノックもせずに勝手に入ってきては、俺のベッドを占拠するのはいつものことなので、気にせず筋トレを続行する俺。
「ほれ。アイス買ってきてあげたよ。少し休憩しない? ていうか、かまえー」
「……あと20回やったら……な……」
アイスの入ったビニール袋を俺の頬にぺちぺちと触れさせる彼女に、俺は視線も向けずに言葉を返す。
「ふーん。あっそ」
彼女はアイスを引っ込めたかと思うと、突然俺の背中にどすんと腰かけてきた。
「ぐおあ!」
「じゃあ重しになってあげるから、さっさと終わらせてねー」
彼女はそう言い置くと、人の苦労も知らずに先にアイスを食べ始めた。
比較的スレンダーな彼女とは言え、人一人の負荷は半端なものではない。
ただでさえ限界近くまで酷使している身には正直堪えた。
しかもこれで重いとでも漏らしてしまえば、理不尽に怒られることは目に見えている。
俺は歯を食いしばって、残りのノルマを消化してゆくことに専念した。
「92……93……94……」
「ほれもうっちょっとー。がんばがんば~!」
お気楽な声音で応援しながら。俺の尻をぺしぺしと叩く彼女。
後で覚えてろよ……
雑念を振り払い、100を数えた頃には、俺は汗だくとなってフローリングの床にべしゃりと崩れ落ちた。
「はいお疲れー」
指一本動かせない俺の口に彼女がアイスを突っ込んでくる。
正直呼吸を整えるのに邪魔ではあったが、冷たい感触が口内に広がるのは心地よかった。
「なんだか最近、特にがんばってるねー。どうしたの?」
彼女がアイスを舐めながら問うてくるのに、俺は一瞬言葉を詰まらせた。
流石に鋭い。
さらに彼女は人をからかうのが好きな困った性分をしている。正直に話して笑われないだろうか。
「こーらー。無視しないー」
機嫌を損ねたのか、彼女は体勢を入れ替え俺に逆エビ固めをしかけてきた。
「あだだだだ! ギブギブ!」
「じゃあちゃんと答えなさいよー」
彼女が技をわずかに緩めた合間に、俺は仕方なく口を開いた。
「……今度、海に行く約束しただろ」
「うん、したねー」
「その時、お前と釣り合い取れない貧弱な身体で隣に並びたくないと思ったんだよ」
俺は溜め息と共に白状した。顔がかぁっと熱くなるのがわかる。
「あと俺がゴツくなれば、ナンパ避けにもなるだろ」
彼女ははっきり言って美人でスタイルもいい。海なんかに行けば衆目を浴びること間違いなし。
そこへ行くと、俺の容姿はいかにも凡庸である。運動部に入っている訳でもない。だから身体だけでも作り込んでおきたかったのだ。
「おおー……おおー!」
何やら語彙を失くして感銘を受けた様子の彼女は、俺を技から解放し、今度は背中に抱き着いて頬擦りをしてきた。
「んふー、
そう言うと、頬と言わず唇と言わず、熱烈なキスの雨を降らせる。
「いや、うん、ありがたいけどな。今俺、汗臭いから、一回離れろって」
「ふふん、私は君の汗の匂い好きだよ。だから気にしなーい。もっとくっつくー」
本当に気にしていない様子で、身体を密着させてくる彼女。こう言われてしまっては抵抗するだけ無意味だ。
「わかった、好きにしろよ……」
「よしよし、良い子良い子」
そう言ってわしわしと俺の頭を撫でる。
まったく、一ヶ月先に産まれたってだけで年上面してくるのは気に食わない。
でもにこにこしている彼女の顔を見ると、些細な事はどうでもよくなってしまう。
「海、楽しみだねー」
「そうだな」
心地良い疲労感に包まれながら、俺は返事をする。
平穏な時間が、睡魔を運んできた。
結局その日は、そのまま床で一緒に寝落ちて惰眠を貪る事になった。
幼馴染と筋肉と スズヤ ケイ @suzuya_kei
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