第75話 アイドルだった私、策略には乗らない!
悶々とした気持ちのまま、翌日。
気持ちはどんよりしていたけど、そんな顔を見せるわけにもいかず、いつも通りに練習をこなす。イリスに昨日のことを報告すべきか、悩ましいところだ。結果的に、私は何の力にもなれなかったのだし。
「リーシャ様、このあと少し、お時間いただけますか?」
そう声を掛けてきたのはアッシュ。
「え? なに?」
「構成のことで相談が」
「あ、うん、わかった」
今度の王都での公演では、新曲の他、既存曲をクラシカルな曲調に編曲してほしいとお願いしている。原点に立ち戻り、お客にフロア内でダンスをしてもらうためだ。編曲の話を聞かされたアッシュは渋い顔をしたけれど、彼に任せておけば問題はないだろう。
アッシュは構成なども一緒に考えてくれる。曲の順番や、司会の台詞。
結局、イリスと話す時間もないまま、私はアッシュを応接室へと連れ出す。テーブルに今度の舞台の絵コンテを並べるも、アッシュはそれを見ようともせず、
「で、なにがあったんです?」
と聞いてきた。
「え? なにが?」
私はそう受け流したのだが、アッシュは私の手を取り
「嘘をつく子にはお仕置きですが?」
と、わけのわからないことを言ってきた。
「え? なにそれ?」
あくまでも白を切る私に、アッシュが意地悪な笑顔を向けた。
「そうですか、では」
掴んだままの私の手を高く上げ半回転させ、ふわりと背後から私を抱きすくめると耳元に口を寄せた。
「なにがあったんです?」
息がかかるほどの距離で声を出され、思わず肩をすくめる。
「ちょ、近いって!」
「ええ、抱き締めてますからねぇ」
きゅ、と力が籠る。
「どんなに心配だったか」
切なそうに呟かれ、胸が痛くなる。ごめん、アッシュ。私はあなたの心配をよそに、初恋して初告白して初失恋までしてた……。
「帰ってきたと思ったら、変な男を連れてくるし、今度は悩み事をひた隠し。私の我慢にも限界がありますよ?」
わざとやっているかのような囁き声を耳に吹き掛けられ、背中がゾワゾワする。
「う、打ち合わせっ、するんじゃ」
「リーシャ様次第ですね」
そう口にした直後、アッシュが私の耳たぶを甘噛みした。
「ん、やっ」
ぴゃ~~~!!
なんか変な声出た! 恥ずかしぃぃ!
「悪ふざけがすぎるわよ、アッシュ!」
もがいてみるも、無駄な抵抗。アッシュはいつものように笑って放してはくれない。今日のアッシュは、何かが、なんだか……、
「違う……、」
私はアッシュの方に顔を向け、言った。
「アッシュ、何があったの?」
いつもと違うのはアッシュの方だ。何かがおかしい。私と目が合うと、フッと腕の力が弱まる。その瞬間、私はアッシュの腕からすり抜け向かい合った。アッシュが目を逸らす。
「ねぇ、アッシュ!」
腕を掴み、顔を覗き込む。と、そのまま抱き締められる。これでは埒が明かない。
「ね、明らかにおかしい。アッシュ、ちゃんと話して。私も話すから。ね?」
今度は抵抗しない。アッシュの背を撫でながら、語りかけた。仰ぎ見た瞬間のアッシュは、驚くほどつらそうな顔をしていて、それはただ事ではない何かがあったとしか思えず……。
「ああ、リーシャ様は優しいな」
私を抱き締めたまま、アッシュが呟く。
「私なんかを気遣って。いっそこのまま
「攫って、って……」
「どうやってあなたを忘れればいいのか、わからないんです」
「え?」
忘れる……って、言った?
「ね、ほんとにどうしたのっ?」
アッシュに掴みかかる。
「仕方ありませんよ。相手はキディ家の血を引く方ですからね。喜ばしいことなのです。そもそも私など、リーシャ様にふさわしくないのは承知の上なのですが」
「ちょ、話が見えないっ。アッシュ、ちゃんと話して!」
「……ルナウ様とご婚約が内定したと」
「はぁぁ?」
寝耳に水とはこのことか。
「なにそれ? 誰が言ったの? ルナウが言ったのっ?」
アッシュを揺さぶり、問い詰める。
「違いますよ。あれ? そのことで悩んでいらっしゃったのかと。ご存じないのですか?」
「ご存じって、何をっ?」
「エイデル卿がキディ家の当主様とそのように話を進めておられるようで。これ以上リーシャ様に近付くな、と警告を受けました」
「……そんな話、知らないっ」
「では、近々知ることに……、」
「そういう意味じゃない。私はそんな話には従わないって言ってるの!」
言い切る。
あんっのバカ親! 何を考えてるのか手に取るようにわかる。王族とのパイプができればと鼻の下伸ばしてるに違いないのだ。娘は政治の道具じゃないっての!
「従わない、って……リーシャ様、当事者同士が口でどうこう遣り合うのとは違って、当主同士が契約を交わしてしまったらそれを破棄するのは難しいのですよ? ルナウ様の話を蹴った時とはわけが違います」
なんてことっ。
この世界の意味不明ルールはよく知らないけど、そんなの了承できるか!
「絶対認めない! あのくそオヤジ、首根っこひっ捕まえて地面に叩き付けて踏みつけてやろうかしらっ」
令嬢らしからぬ言葉を吐き捨て、拳を握り締める。
「いくらリーシャ様と言えど、そんなこと出来るわけが、」
「ねぇアッシュ、この世界では『絶縁』ってどうやるのっ?」
「……はぃ?」
「だぁかぁら、家と縁を切る方法知ってる?」
アッシュは目をぱちくりさせ、私を見ている。言葉、通じてないのかな?
「何を仰っているんです?」
眉を寄せ訊ねるアッシュに、私は答える。
「もし本当に、キディ家との縁談勝手に決めてたら、私、家を出る」
「は?」
うん、そうよ。簡単なことだわ。
「家を出てどうするのですかっ?」
「決まってるじゃない。アイドル活動よ」
「……自立する、と?」
「マクラーン公爵からお給料もらって、それで生活すればいいんでしょ? 足りなければ働くしっ」
「本気ですかっ?」
青ざめた顔でそういうアッシュに、私はとびきりの笑顔で答えた。
「もちろん、本気ですとも!」
そうよ。簡単なことだわ。
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