第74話 アイドルだった私、新メンバー来る
「ルナウ・キディだ。歳は十八。やるからには本気で取り組みたいと思ってる。身分は気にせずよろしく頼む」
緊張の面持ちで、頭を下げるルナウ。ついこの前まで『王族関係者だぞ!』なんて威張ってたのに随分謙虚になってるわね。
「ランス・ダリルです。十九だ。最年長は俺ってことになるのかな」
右手を差し出す。ルナウががっちりとその手を握り返した。
「こっちが弟のアルフレッド。それにケイン・マクラーン。この三人が、シートルだ」
「よろしくお願いします」
ケインが恭しく頭を下げた。
「あ、堅苦しいのはナシでいい。ここでは社会的身分は関係ない……だろ?」
振り向いて私を見る。
「そうよ、ここでは身分なんて関係ない。私はただのリーシャだし、ルナウもただのルナウよ」
私の言葉に、ルナウが嬉しそうに笑う。
「なるほど。じゃ、そうさせてもらうか。よろしくな、ルナウ!」
アルフレッドがルナウの肩をバン、と叩いた。
「それじゃ、練習を始めましょ」
うん、出だしは好調!
来月の王都公演まで、突っ走らねば。
*****
午後、私はマクラーン公爵を訪ねていた。イリスへの婚約申し込みをなんとかしてもらえないか、お願いに行ったのである。
「ああ、ザック卿から話は聞いているよ」
「え? ご存じだったんですかっ?」
まさか知っていたとは思わず、驚いてしまう。でも、知っていた、という事はつまり、
「お断りは出来ない、という事なのでしょうか……?」
私の言葉に、マクラーン公爵が腕を組んで唸る。
「リーシャ、君も伯爵家の令嬢ならわかると思うが、爵位ある貴族は皆、家と家の繋がりを重んじるものだ。イリスの家は子爵家。そこに伯爵家から声が掛かった。もうこれだけでザック子爵家にとってはこの上ない名誉なことなのだよ? しかもお相手はマーメイドテイルの活動も認めてくださっているそうじゃないか。婚約だけを交わすなら、何も問題はないと思ったのだがね」
事実だけを並べれば、そういうことになる。わかってる。それはわかってるけど。
「イリスには……思いを寄せている方がおります」
「……なに? そうなのか。ではその相手と既に約束が?」
「いえ、それが……」
言い淀む。
この場合、片思いです、なんて話は何の効力もないだろう。
「では、その相手とうまくいく可能性は?」
マクラーン公爵に聞かれ、私は黙った。答えようがない質問だ。
「……そうか。今回の件、私では力になれそうもないな」
ああ、断られてしまった。
「マーメイドテイルの噂は大分広まってきている。実際公演を見た、という貴族も増え始めた。それに伴い、私のところにもあちこちからアプローチが掛かっているんだ。婚約申し込みの話もわんさかね」
「そうなのですね」
ファンからのガチ恋もあるだろうし、中には『あの、マーメイドテイルの
「ある程度は私の力でもみ消せるが、今回のようにザック卿が乗り気とあっては」
「……ダメ、ですか」
溜息交じりに、返す。
「リーシャ、話が来ているのはイリスだけではないんだよ。君やアイリーンはもちろん、ダリル家の二人やアッシュにも、話が来ている。そして爵位の低い貴族は、自分の娘や息子の縁談に敏感なもんさ」
含みのある言い方。
つまり、自分の爵位より上の家から来た縁談には貪欲になるのが普通だ、という事。
「わからなくは、ないけど……」
キュッとドレスを掴み、目を閉じる。
「ところでリーシャ」
マクラーン公爵がトーンを変える。
「なんですか?」
「前に少し話したろう? 学校のようなものを作って、本格的に活動出来るようにしていきたいという、あれだが」
「あ、はい」
アイドル養成所のようなものを作れないか、という話だ。私たち、今のメンバーがいなくなった後でもマクラーン公爵がマーメイドテイルやシートルのようなグループを興行として動かせるような仕組み。
「現実味を帯びてきたぞ?」
「ええっ?」
まさか!
「この前王都に行ったとき、古くからの友人に会ってきた。彼は王都にある学園の関係者でね。数年後に新しく芸術専攻科を作る予定があるそうなんだ。そこにひと枠……まぁ一クラスだけにはなるがアイドル科を作れるかもしれないんだ」
「う、うぇぇぇぇ?」
そんな急にっ?
「でも、でもそれって一体誰がどうやって運営するんですっ?」
教える人間がいなければ、生徒がいても育てることはできない。
「問題は、そこだな」
ふぅ、と息を吐くマクラーン公爵。そこ、考えてないんかーい!
「まぁ、まずは王都での公演が先だ。我々の舞台が本当に王都で通用するのかどうか。話はそれからだ」
「……ですね」
今は先のことを考えるより、目の前のことをどうにかしなければ。
「……で、ルナウ様は、どうかね?」
「ええ、真面目に取り組んでくれそうですよ。まさかキディ公爵様からお許しが出ると思っていなかったので、私としては驚きましたけどね」
「ルナウ様の作戦勝ちといったところだろう」
「作戦?」
「ミズーリ様を引き合いに出したのもそうだし、結婚相手を……おっと」
慌てて口を噤むマクラーン公爵。
「ん? 結婚相手が、なんですか?」
私、半眼でマクラーン公爵を睨み付ける。
「どういうお話です? それって」
マクラーン公爵は、しまった、という顔のまま手をパタパタと振る。
「いや、なんでもないんだ。これは私の口から話していいことではないよ」
「どういう意味です?」
ズズィ、と詰め寄る。
「いやいや、だから、ね?」
「なにが『ね?』ですかっ。隠し事はなしですよ、マクラーン公爵様!」
私があまりにもしつこく迫ったためか、大きく溜息をつくとマクラーン公爵が両手を挙げて降参した。
「キディ公爵を説得する時に、どうもルナウは『マーメイドテイルに結婚したい女性がいるからどうしても参加したい』という話もしたようで、ねぇ?」
「はぁぁ?」
「大反対だったキディ公爵様はそれを聞いて、ルナウの結婚のためなら、と、許可を出したとかなんとか……」
「ちょ……、」
わなわなと震える私だった。
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