第32話 アイドルだった私、ややこしい関係を知る
メイド長のマルタに冷たいタオルを用意してもらい、ケインの頬を冷やす。
「痛かったでしょう?」
私の問いに、ケインは小さく頷いた。
「まぁ。でも、アイリーン嬢が無事でよかったです」
そう言ってにっこり微笑むと、アイリーンを見つめる。
「なんで…、」
アイリーンは怒っているような声で呟く。
「はい?」
聞き返す、ケイン。
「なんであのようなことをしたのですかっ?」
「なんで、って……」
「大きな怪我がなかったからよかったものの、何かあったらどうするのですっ?」
「好きな女性が叩かれそうになっているのを黙ってみていることなど出来ません。しかもアイリーン嬢は避けようともしなかったじゃありませんか」
「それは……まさか本当に手を振り下ろすとは思っていなかったのですわっ」
バツが悪そうに俯く。
「あなたのその美しい顔に傷でも残ったら、その方が問題でしょうっ!」
ケインが声を荒げた。
「あなたは僕の……いや、今や相当な者たちの憧れだ。その笑顔に癒され、そのダンスに魅了され、その歌に心弾ませる多くの者がいる。そんなあなたが傷つけられるなど許されることではない!」
おわぁぁぁ……。ケイン、本当にアイリーンのファンなんだ。熱狂的な、ファン。この感覚、なんだか懐かしいな。
「ケイン、ありがとう。おかげでアイリーンは無傷だったわ。でも、そのせいで怪我させちゃってごめんなさいね」
「お姉様っ?」
頭を下げた私に、アイリーンが驚く。
「アイリーン、あなただって本当は感謝してるでしょ? ちゃんとお礼なさい?」
負けず嫌いのアイリーンのことだ。庇ってもらったことが嬉しい反面、自分のせいで傷付けてしまったことが悔しいのだろう。素直じゃないのは性格なんだろうけど、ありがとうとごめんなさいはちゃんと言える子にならなきゃダメなのよ?
「……頼んだわけではありませんけど、庇ってくれて…あ、ありがとうございました」
これが!!
これがツンデレというやつなのかっ?
ケインも、なんだか嬉し恥かしな顔になってるのがまた、いい!
「いえ、もっと早く止めに入るべきでした」
「私も……手を出す前に口で言えばよかったんですわ」
なんとなく仲直り(?)出来たタイミングで、ランスが部屋に入ってくる。
「リーシャ、候補者はみんな帰ったぞ」
「ああ、ランスありがとう」
「そっちは?」
微妙に照れ合っている二人を見て、ランスが訊ねる。
「あ、うん。冷やしたから腫れも引いてきたし、傷にはなってないから大丈夫だと思う」
公爵家のご子息に傷が残ったりしたら、と思うと、今になって震えが来るわ。
「アイリーンも、大丈夫か?」
ランスがアイリーンの顔を覗き込む。
「だ、大丈夫ですわっ」
照れたようにそっぽを向くアイリーン。
んんん?
「お前、気が強いのはいいけど、せめて避けようって気はなかったのかよ? ケインが割って入ってこなかったら大変だったぞ?」
「だ、だって、」
シュンとして、俯く。
「怖かったろ。でも、毅然とした態度は偉かったな」
そう言ってアイリーンの頭をポンと撫でる。撫でられた時のアイリーンの顔を見て、私、わかってしまった……。
いつの間にそんなことにっ。
そして、わかったらわかったで、なんだかにまにましてしまう。あ、でもちょっと待って。ケインもいるわけだし……。これって波乱の予感!?
「おい、大丈夫だったか?」
アルフレッドも戻ってくる。
「まったく、怪しいやつは全部面談で落としたつもりだったんだけどなぁ。アイリーン、大丈夫だった?」
「ええ、大丈夫ですわ」
スン、とした顔でアイリーンが答えた。態度が違いすぎる……。
「明日もまた変なのが来たら困るな」
ランスが腕を組み、言う。が、多分……、
「大丈夫だと思うわ」
私、言い切った。
「なんで?」
「あら、アルフレッドわからない? さっきの騒ぎで、ケインがマクラーン公爵家の人間だってみんなが認知したのよ? 少しでもおかしなことをしたら、マクラーン家を敵に回すことになるかもしれないって思ったら、邪な気持ちだけで来てた人は、もう明日来ないと思うわ」
階級社会ってすごい。
そりゃ、私が知る世界でも階級に似た制度はあるけどね、会社とか。でも、少なくとも市民はみな平等だから、ここまであからさまに顔色伺ったり、階級を盾にモノを言ったりすることなんかない。
そうよね。上の人を敵に回したらお家取り潰しみたいなことだってきっとあるのだろう。改めて、怖い社会だな、って思う。
「逆に、今日のことがあっても明日来てくれる人は本気だってことになるんじゃないかな? どうなるかはわかんないけど、そう考えたら楽しみにならない?」
私、ふふ、と笑ってそう口にする。
「そうですわね。私も明日が楽しみになってきましたわ」
アイリーンがくふ、と笑みを漏らす。
「まったく、エイデル家のお嬢たちは揃いも揃って気が強いな」
アルフレッドが呆れたように言った。
「さすがです! アイリーン嬢の、その、ただでは起きない感じも僕は大好きです!」
至極真面目な顔で、アイリーンをじっと見つめてケインが言い切った。
「なっ、」
どさくさに紛れて告白してくるケインに、アイリーンがあたふたするのであった。
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