第11話 アイドルだった私、やる気を出す

 屋敷に戻ると、マルタが飛んできた。

「お嬢様! 一体何があったのです!?」

 アイリーンは先に戻ってきていたようだ。私だけが帰っていないことを、マルタは何度も訊ねたそうだが、


『勝手にどこかへ行ってしまったから、私は何も知らない』


 の一点張りで、しらを切っていたらしい。


「心配かけてごめんなさい。でも大丈夫よ。置いてけぼりを食ったついでに、街を探検してただけだから」

 そう微笑む私を、マルタが案じる。

「お嬢様一人で、街を……ですって!? まだ記憶も戻られておりませんのに、そんな危険なことをっ」

「あら、問題ないわ。記憶はないけど、知識に関しては日々、頭に叩き込まれているもの」



 そう。良家のお嬢は勉学も厳しい。

 あの日、目覚めてからというもの、記憶の有無はガン無視で勉強だけはキッチリみっちりやらされている。その時、地図を見ながらこの辺りのこともしっかりと聞いていた。相乗り馬車もそこで知ったのだ。もちろんそれは庶民の交通手段で、貴族が乗るようなものではないのだが。


「アイリーン様のお話はだいぶ違っているようですね。アイリーン様は、店でリーシャ様のドレスを、と仰っておりました。その際に、置いてけぼりを食った、と」

「……アイリーンが置いて行かれた側なんだ」


 わかっちゃいたけど腹が立つ。嘘つき女めっ。大体、ドレスだって勝手に決めてくれるなら、私、行かなくてもよかったじゃない。

 まぁ、でも歌って踊れたのは楽しかったから、感謝してあげてもいいかな。あそこに私を放置してくれなかったら今日の出来事はなかったわけだしね。

 そんなことを考えていると、まさかの二人が部屋を訪れる。


「あら、帰ってきていたの」

 心底嫌な顔をしてそう発言したのは継母シャルナ。

「幼い妹を置き去りにして、一体どこをほっつき歩いてきたのかしらね?」

「はぁ?」

 身に覚えのない罪を押し付けてくる継母を見つめ、絶句する。

「偶然通りかかったアルフレッド様が送ってくれなかったら、アイリーンは今頃どうなっていたことか!」

 叱咤される。


「あの、」

「お黙りなさい! 婚約者を取られて気に入らないということよね? だからってやっていいことと悪いことがあるわ。それすらわからないのかしら?」

 言いたい放題の継母に、さすがの私も怒りがこみ上げる。


「私、アイリーンを置き去りになどしてません! 置き去りにされたのは私の方で、」

「んまぁ! アイリーンの言った通りだわっ。勝手なことばかり! 置いて行かれたのは自分だ、などと口から出まかせもいいところ!」

「……は?」

 シャルナの後ろからアイリーンが顔を出し、眉をへの字に曲げ、叫ぶ。

「お姉様、酷いわっ。私がお姉様の衣装を選んでいる間に、急にいなくなってしまうんですものっ」


 はぁぁぁ??


 私は、口をあんぐり開けたまま、言葉を失っていた。アイリーンは目を潤ませながら私を見上げているのだ。

 しかし、次の瞬間にはパッと顔を上げ、満面の笑みを浮かべる。

「でも、ご安心くださいね、お姉様のドレスはちゃんと選んでありますの。とっても素敵なドレスですのよ!」


 う……、

 上手いっ!


 私、思わず心の中で手を叩いてしまう。この子、本当にお芝居が上手だわ……。緩急の付け方が絶妙なのね。見習わなきゃ。


 頭の片隅でそんなことを考えつつ。

「えっと、私、採寸してないけど?」

「嫌だわ、お姉様ったら。いつもあのお店でドレスを購入しているのに、今更採寸なんて必要ないじゃありませんか」

 きゃらきゃらと、馬鹿にしたように、笑う。


 私は記憶がないのだから、そんなこと知らないってば!


「記憶を無くしていると言っているけど、どこまでが本当なのか。疑わしいものだわ」

 シャルナが眉間に皺を寄せ、私を見遣る。

「せいぜいその性格の悪さが出ないようにお気を付けなさい。アイリーンの婚約発表の場には、あなたの婚約者候補も来るのですから。それと、アイリーンの足を引っ張るような真似は、くれぐれもしないで頂戴ね」

 ぴしゃりと言い放ち、踵を返す。

「ではお姉様、ごきげんよう」

 アイリーンが口元をたっぷりと歪ませ、後に続いた。


「……あんのガキ」

 本日二度目のボヤキである。


 すべてを聞いていたマルタがオロオロしながら私の肩に手を置く。

「お嬢様、あの」

 私はハッと我に返ると、マルタの手に自分の手を重ねた。

「心配かけてごめんなさいね。でも、大丈夫よ。私、このくらいのことではへこたれないから!」

「お嬢様……、」

 マルタが涙ぐむ。


「マルタ、私ね、目覚める前のリーシャとは違うの。もうわかってるとは思うけど、私は昔のリーシャじゃない。でも、また記憶が戻ったら元のリーシャに戻ることになるのかもしれない。お願いだから、これからも私を支えてね」


 それは布石。

 私が私であるうちはいいけれど、いつかリーシャに戻ってしまった時、彼女を支えてくれる人がいてくれないと、きっと大変だろうから。


「そんな、言われなくともマルタはずっとお嬢様と一緒ですよ!」

「うん、ありがとう」

 独りじゃないって、素敵なことね。


「そんなことより、お嬢様、本当にパーティーでダンスを?」

 マルタが不安そうに私を見る。

「ええ、踊るつもり。どうして?」

「いえ……、今度のパーティーはお二人にとって社交界デビューということになりますので、その……何かあったらと思うと、」


 え? デビュー?


「ちょ、ちょっと待って! リーシャって十七歳よね? まだ社交界デビューしてないってこと? 遅くない?」

 普通、貴族のお嬢様ってもっと若いときにデビューするものなんだと思ってた。


「お嬢様が断っていたからですよ?」

 マルタが呆れ顔で言う。


 あ、そうなんだ。どんだけ引き籠りなのよ、リーシャったら。


「じゃ、絶対に成功させなきゃいけないわね、記念すべき社交界デビュー!」

 マルタの心配はダンスの成功などではなく別のことだと知るのは、その時が来てからなのだった。

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