第9話 アイドルだった私、異世界で歌う
「うわぁ、なかなか栄えてるのねぇ」
馬車から見ていた景色とは違う、街なか、市場のような場所。出店がたくさん出ていて、人の数もそこそこある。そこかしこから美味しい匂いもしてくる中を、私は足取りも軽く、歩いていた。
「うわ、可愛い。へぇ、こんなのも売ってるんだ」
手作りのアクセサリーが置いてある店の前で足を止める。フリーマーケットみたいでとても楽しかった。
「美人なお姉さん、今ならおまけしちゃうよ? どうだい?」
「ええー、ほんとにぃ?」
私はすっかりその気になっていた。
その時、近くの店から怒鳴り声。
店の主人がぺこぺこと頭を下がるのが見える。怒鳴り散らしているのは小奇麗な格好をした、でっぷりしたお腹の男性。
「なんだか騒がしいわね」
「ああ、どこかの貴族様がぎゃんぎゃん吠えてるのさ。マーサが休みだとたまにあるんだ」
「マーサ?」
「あの店お抱えの歌い手だよ。マーサ目当てに足を運ぶ貴族が少なくないからな」
歌手!
この世界にも歌手がいるんだ!
私、俄然興味が沸いてくる。
「私、歌ってこようかな?」
ワクワクする。
もう、随分人前でパフォーマンスをしていない気がする。踊りたい! 歌いたい!
「あんた、歌えるのかい?」
露店のおじさんに言われて、思わず大きく頷いてしまう。そしたらおじさん、私の手を引いてその店まで連れて行ってくれたのだ。
「オズマン、この子が歌ってくれるってよ!」
『赤い金魚亭』という看板の下で、店のマスターらしき人が私を一瞥した。
「誰だい、この子は?」
露店のおじさんは一瞬考えて、
「えっと、あんた、名前は?」
と私に聞いてきた。
私はリ、と言いかけてやめる。素性が知れたら面倒なことになりそうだと思ったからだ。
「えっと、私の名前はノアです」
嘘ではない。私、
「ノア? あんた、歌えるのか?」
「えっと、皆さんがご所望なものかどうかはわかりませんが、歌えます!」
なんだかオーディションに来たみたいで、私、スイッチ入っちゃった。
「それなら来てくれ。中へ、さぁ!」
手を引かれるが、一度その場で止まる。
「なんだ?」
「あの……私、素顔で出るのはちょっと……、」
いつどこで誰が見ているかわからない。もし身バレしたら、多分、いや、絶対まずい。
「じゃ、これでも被ってろ」
壁に掛けていた飾りのような仮面を渡される。私はそれを装着した。顔半分が隠れた状態で、店に入る。
ざわつく店内。
いくつかのテーブル席と、カウンター席。店の奥には小さいながらも舞台のような一角があった。私は一段高くなったその場所に立たされる。
残念ながら音楽はない。カラオケがあったらよかったんだけどね。ふと見ると、タンバリンに似た鈴のようなものがある。私はそれを手に取ると、思いっきり、振った。
シャラン!
涼やかな音を立てる。と同時に、ざわついていた店内が一気に静まり返り、視線がこちらを向く。
っは~!! 快感!!
私はにっこり笑い、声を張った。
「私、マーメイドテイルのノアが歌います。曲は『シンクロ』。お聞きくださいっ!」
シャラン シャラン
伴奏はない。
思いっきりアカペラである。
どこまで許容されるかわからなかった。もしかしたら帰れ、ってコップ飛んでくるかも? ああ、でももういいや!
私、思いっきり飛び跳ねる。
ステップを踏み、リズムを刻むと、手にした鈴をシャララと鳴らす。
*゜*・。.。・*゜*・。.。
新学期ってさ いつも憂鬱
変化に耐えられない 私たち
繊細だなんて 言う気はないけど
ナーバスな心 隠しきれずに
隣の席で いつもはしゃいでた
君ははまるで 少年みたいだ
くだらない話を いつでも
特別みたいに 思っていたんだ
シンクロしたいよ 君の心に
透明な壁なんかもう いらないんだよ
シンクロしたいよ 君の体に
混ざりあって溶け合って分かり合えたなら
シンクロしたいよ 君の心に
離れ離れに いつかなっても
シンクロしたいよ 君の記憶に
同じ風景の中にいたんだって きっと覚えていて
忘れないで
覚えていて
*゜*・。.。・*゜*・。.。
マーメイドテイルの、デビュー曲である。
歌うのは久しぶりだし、声が違うってことは音域も変わるわけで。ただ、これに関してはリーシャの方が優れている。音域、めちゃくちゃ広い! 今まで苦労して出してた高音が難なく出るんだもん。最高!
シャラーン
歌が終わると、私はゆっくりお辞儀をした。少し息は切れたけど、ここ最近のダンスの成果も出てる気がする。
一瞬の間と、拍手、喝采。
顔を上げると、店の外にも人だかりが出来ていた。
「ノア! 素晴らしいよ! 一体これは何処の歌なんだ? 聞いたこともないメロディとリズムだったぞ!」
赤い金魚亭マスターのオズマンが興奮気味に言った。周りを見渡すと、さっきまで店の外で怒鳴っていた貴族のおじさんも満足そうに手を叩いている。
「もう一曲! もう一曲だ!」
酒瓶片手に誰かが言ったのを合図に、そこから私のミニコンサートが始まってしまうのだった。
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