第7話 中庭で(6)反省会
「あああぁぁぁ……」
夜の帳の下りたライクス侯爵邸。
次男であるテオドールは、自室の隅で膝を抱えて苦悩の呻きを上げていた。
「絶対エリシャ嬢に嫌われた。軽薄な奴だと思われた。なんであんなこと言っちゃったんだ、俺……」
「あんなことって、デートに誘ったことですか?」
銅像のようにじっと
「いいじゃありませんか、どんどんお誘いになれば。エリシャ様はご傷心なのでしょう? 弱っているところに付け入るチャンスじゃないですか」
「は!? そんな非道なことできるか! 俺はただ、純粋に彼女の心を癒やしたいだけだ。その過程で徐々に気持ちを深めて、両思いになれたら……」
まったく純粋ではなく、下心満載だった。
もごもごと膝に顔を
「まったく、坊っちゃんは肝心なところで意気地がない。社交界では数々の浮名を流しているというのに」
首をすくめる執事に、令息はまたも「はぁ!?」と抗議の声を上げる。
「浮名ってなんだよ? 俺、恋人いたことないぞ!」
テオドールはエリシャと知り合って十年。叶わぬ恋に身を焦がすだけでよそ見をしたことはないのに。しかし、
「それですよ」
ケントは冷静に指摘する。
「坊ちゃまは特定のパートナーがいらっしゃらないから、社交パーティーの際は毎回別の女性とご出席なさるでしょう? だから良からぬ噂が立ったのですよ」
「いや、それは最初に誘われた人と一緒に行っているだけで、他意はないぞ? パーティーに出ないと親父が怒るし」
「坊ちゃま的には『平等に先着順で』選んでいるつもりかもしれませんが、余所からは『不特定多数を取っ替え引っ替え』に見えますね」
「ふぐっ!!」
知らなかった事実に、宰相令息は打ちひしがれる。
……実はこういう事態を避けるために、王太子には│
「俺、もしかして評判悪い? エリシャ嬢にウザがられてる?」
「さあ? ご本人に確認してみては?」
「訊けるわけないだろおおぉぉぉぉ!」
頭を抱えて床をゴロゴロ転げ回るテオドール。
(うちの坊ちゃまは見た目も中身も最上級なのに、どうしてエリシャ様が絡むとポンコツになるのでしょう?)
令息より五歳年上のケントは、生暖かい目でテオドールを見守りながら、ティーカップに熱い紅茶を注いだ。
◆
――一方、オルダーソン公爵邸では。
「はあぁぁぁぁ……」
令嬢の自室、天蓋付きのベッドに寝転んだエリシャは息が切れるほど長いため息をついていた。
「どうしよう、きっとテオドール様に冗談も分からない愚かな子だと思われたわ。明日から合わせる顔がない……」
白銀色の狼のぬいぐるみを抱えてうじうじ泣き言を零す令嬢に、専属メイドのアミはサイドテーブルにホットミルクを置いた。
「そんなこと気にしなくていいですよ、エリシャ様。からかったテオドール様の方が悪いんですから」
アミは令嬢を慰めるが、
「テオドール様は悪くないわ」
反射的に片思い相手を庇ってしまうエリシャは重症だ。
「でも、エリシャ様は王太子様と婚約破棄して晴れて独り身なのですから、とっとと告白しちゃえばいいじゃないですか」
「無理よ!」
メイドの提案に令嬢は絶叫する。
「テオドール様の周りには魅力的な女性がたくさんいるのよ。わたくしなんか『親友の元婚約者』の立場がなければ見向きもされないわ」
「……本気ですか?」
アミは目をまんまるにする。
「エリシャ・オルダーソンといえば、月の姫神の化身と謳われる美貌と王太子妃候補としての教養を兼ね備えた当代一の淑女ですよ? オルダーソン家の宝です。お嬢様に敵う女性などおいそれといません!」
力説するメイドに、令嬢は「アミは身贔屓がすぎるわね」とコロコロ笑う。
……この無自覚さが歯がゆい。
ライクス家のテオドールといえば、若いのに社交界で浮き名を流す色男だ。そんな面倒な奴を好きにならなくても、とメイド的には不満はあるが、
「あのね、アミ。ジュースのお礼に、明日テオドール様に渡すクッキーを焼きたいのだけど、手伝ってくれる?」
上目遣いにおねだりされると、ほわっと心が
「ええ、いいですよ。とびきり美味しいのを作って優男のほっぺたを根こそぎ落としてやりましょう!」
「……アミ、表現が残酷だわ」
苦笑する令嬢の先に立ち、メイドは厨房へと突き進む。
(うちのお嬢様を泣かせたら承知しないからね、テオドール・ライクス!)
心の中で、そう宣戦布告しながら。
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